021 homicide
「PK事件?」
HAYATEは狐の白面を外して、ただ驚きながら聞き返す。
COOLFOOLは無言で、神妙にうなずいた。
ここ最近は随分と立派になってきた、為政者プレイヤーの執務室。観葉植物としてバナナの木が飾られていたり、ハンモックが吊るされていたりするのは、軽薄な中年男性であるCOOLFOOLの純然たる趣味嗜好だろう。
秘書として雇われているNPCは、HAYATEがやって来た時点で席を外していた。青ざめながら、できるだけ距離を取って壁際を移動するNPCの様子に、「そこまで嫌わなくても」と思わなくもない。
フレンドコールで呼び出しを受けた時点で嫌な予感を覚えていたが、わざわざ二人きりの場が用意されたことで、さらにその予感は強まった。
それゆえ、最初はむしろ気安く、わざと明るい声で挨拶を済ませた。
「やあ、王様。攻略者パーティーで出発する間際だったから、予定が狂って、アリスの機嫌を損ねたぞ」
「ああ、それは申し訳ない。〈大々魔道士〉の不興を買うと、それだけで功績値が下がりそうだ」
冗談に付き合うぐらいの余裕はあるとわかり、HAYATEは少し安心した。
「云ってろよ。それ以上の功績値はいらないだろ?」
「憐みではないが、功績値が譲渡可能ならば、お前にわけてやりたいよ」
「残念だけど、あんたの一人分ぐらいで、僕の借金を返せると思うな」
「ちょっと待て。当初の惨状より、さらに酷くなっているのか?」
COOLFOOLが目を丸くしたので、HAYATEは真顔で現在の功績値を告げてやった。
すると、彼は驚きを通り越して、「うちの解析者パーティーに協力しないか?」と真剣に誘ってきた。
「実験動物の扱いは勘弁だな。僕は珍獣か?」
「そうも云いたくなる数字だぞ。むしろ、何をどうやれば、そこまで異常なマイナス値を維持するだけでなく、さらに悪い方向に更新できるんだ?」
「大したことはしてないぞ」
HAYATEは、日々の活動内容を振り返りながら、せいぜい思い当たるところを口にした。
「一日一殺を心がけている」
「原因は明らかだな」
しかし、HAYATEとしては大いに自重しているつもりなので、反射的に抗弁した。
「だって、βテストの期間は三年だぞ。つまり、千日とちょっとしかない。βテストに参加しているプレイヤーは四千人だから、一日一殺だと間に合わないのに……」
「待て、前提がおかしい。当然の義務みたいな顔をしているが、すべてのプレイヤーをPKするなんて目標は意味がわからない。そもそも、罪もないプレイヤーを殺すな。PKはせめて手段であって、それ自体を目的とするのは……」
「あんたは、あと二回キルする必要もあるし」
「忘れていなかったのか、あの約束」
クールフールは絶望的な顔になる。HAYATEが、「そういえば、今日はまだ誰も殺ってないな」とつぶやきながら、腰の忍刀を撫でると、彼は慌てたように本題を口にした。
すなわち、ここ最近、はじまりの街を騒がしているという不可思議な『PK事件』のことである。
「てっきり、ソレイア共和国の件かと思っていた」
「そちらの準備は着実に進めているさ。もうしばらく待て」
HAYATEは、狐の白面をかぶり直し、視線を逸らした。
正直なところ、『ソレイア共和国の大統領』の件については、〈ラウンド・テーブル〉に仕切りを任せたものの、攻略者パーティーはまったく乗り気ではないのだ。
「選挙の開催は、クリスマスに照準を合わせている。〈ラウンド・テーブル〉の中でも、大規模イベントの開催はロロが長けているからな。彼女に任せておけば、盛り上がることは間違いなしだ」
「……選挙?」
「建前としてのイベント名称だ」
COOLFOOLは皮肉に笑った。
「さて、話を戻そうか」
「ああ、『PK事件』について……」
HAYATEは率直に、一番気になるところを尋ねた。
「犯人の目星はついているのか?」
COOLFOOLは、深々と頷く。
「お前だ」
さもありなん、HAYATE自身もそう思った。




