022 homicide-2
「帰ったぞ」
「おー、お帰り」
出迎えながら、CAGED-BIRDは戦斧を振り下ろしてくるので、後ろ手にドアを閉めながらHAYATEはスレスレで回避した。
なぜ、挨拶と共に不意打ちなのか?
特に理由のある行動ではないため、考えても無駄である。
HAYATEの方も、パーティーメンバーの隙だらけの背中を見ていると、いつの間にか刃を振り上げている時が多々あるので、まあ、お互い様というヤツだろう。
「ハヤテ、お帰りなさい」
ALICEは、普通の挨拶である。
CAGED-BIRDと違い、いきなり魔法が飛んでくることを警戒する必要はないので、安心感が全然違う。廊下の先にある物置部屋から、「はい」という声も聞こえてきたが、こちらは別の意味で安心感が段違いだった。いつでも変わらない「はい」か「いいえ」である。
「相変わらず、四人で集まると狭いな」
CAGED-BIRDが、ぼやく。
ため息を吐いて、HAYATEは云い返した。
「トリの姐さんが特にデカいから……」
戦斧の薙ぎ払いを、再び回避する。
「拠点の中で暴れないでください」
ALICEに二人まとめて注意されてしまった。
ここは、はじまりの街に設けられた攻略者パーティーの拠点である。拠点と云っても、大層なものではなく、農家の小屋ぐらいの粗末なものだ。入口に直結したダイニングルームと、廊下の先の物置だけで、生産職ならば必須となる工房などの施設は何も備わっていない。
超一流のトッププレイヤーが四人集まったパーティーであるから、拠点のメリットを享受するためには豪邸や城塞を構えるべきなのだが、βテストの初期には何もかもが不足していた。
専用の拠点を持てるプレイヤーは、それだけで上澄みだった。
とはいえ、最近は状況も大きく変わりつつあり――。
「そろそろ、拠点を変えることも検討しなければいけません」
「はい」
ALICEの提案に、aaaaが同意する。
質素ながら頑丈な木製テーブルで、四人は向き合う。真ん中には花が飾られている。壁にもタペストリーが掛けられており、ボロ小屋ながら、かろうじて牧歌的で温かな雰囲気になっている。
なお、装飾品はすべてCAGED-BIRDの趣味だった。HAYATEが過去に、「馬鹿な、トリの姐さんが家庭的だと? 絶望的に似合わない」と素直過ぎる感想を漏らして、壁の飾りつけみたいにされるという悲惨な事件が起きたこともある。
「それで、〈ラウンド・テーブル〉は何の用だったんだ?」
テーブルを囲んだところで、HAYATEはCAGED-BIRDから尋ねられる。
「僕は、殺ってないんだ……。本当なんだ……」
「前置きから不穏過ぎるんだが、とりあえず説明しろバカ」
HAYATEは仕方なく、COOLFOOLから聞いてきたばかりの事件について説明を始めた。
三人は神妙な面持ちで、最後まで黙って聞いていた。
「あー、なるほど……。ここ一週間ぐらい、はじまりの街でPKの被害が多いって噂は本当だったのか。苦情の声が出て来ているなら、ちょっと真剣に考える必要があるな」
「はい」
CAGED-BIRDの言葉に、aaaaがうなずく。
さらに、彼女は露骨に不機嫌そうな顔で続けた。
「ハヤテ君よ。ロールプレイだか、悪癖だか知らねえけど、パーティーに迷惑かけるのは無しだろう? まあ、あたしらはそれぞれ有名人だから、ハヤテ君の評判が地に落ちても〈功績値〉に影響は出ないけどな」
HAYATEは狐の白面を外しながら、CAGED-BIRDの言葉をじっくり咀嚼する。完全に、完璧に、『PK事件』の犯人だと決めつけられている。HAYATEはかつてない真剣な表情を作りつつ、力強く告げた。
「それでも、僕は殺ってない」
ALICEが「ありえません」と云いながら立ち上がり、CAGED-BIRDも「嘘だろ?」と叫んで髪の毛をかき乱した。
そして、aaaaは「はい?」と云いながら首を傾げていた。
静寂の後、HAYATEが皆の気持ちを代弁する。
「エーフォーさん。その『はい』の使い方はありなんですか?」
「はい」
軽快な返事だった。
気を取り直したように、彼らは口々に云い始める。
「やはり、信じられません」
「アリス、裏切られたみたいな云い方はやめてくれ」
「あたしたちはみんな、お前のこと、信じてたのに……」
「トリの姐さん、聞こえのいいセリフだけど、地味に酷い」
「いいえ。いいえ。いいえ」
「畜生。エーフォーさん、面白い」
戯れ合ったところで、小休止。
HAYATEは落ち着くために、キッチンでお茶を淹れた。VRMMOでの飲食は、現実にはもちろん影響はないものの、味覚は再現されている。料理系のスキルを向上させれば、茶の一杯だろうと味は良くなるが、攻略者パーティーは戦闘系のスキルばかり鍛えているので、まあ、大した味にはならない。
「NPCのメイドでも雇いたいな」
「はい」
HAYATEの何気ない意見に、aaaaが間髪入れずに同意を示す。
「えー。攻略者パーティーとして雇うなら、メイドよりも執事にしようぜ。ダンディな老紳士タイプとか、眼鏡のインテリタイプとか、そこら辺の選択肢は譲ってやるよ」
「そんな議論をしている場合ではないのでは?」
至極真っ当に、ALICEが話の流れを修正する。
「ハヤテ。『PK事件』について、どういうことですか?」
「だから、濡れ衣だよ。事件が起こった場所や被害者について、クールフールから詳細を聞いたけれど、まったく身に覚えがない。だいたい、一晩に何件も被害が出ている時点で僕ではないさ。ちゃんと一日一殺の誓いは守っているからな」
「いや、一日一殺なんてふざけたことやっている時点で、『PK事件』の被害者にハヤテ君が殺した分も紛れているだろ? 絶対にそれ、捜査を混乱させているぞ」
HAYATEは腕組みしながら、考え込んだ。
云われてみれば、そうかも知れない。
だが、あえて堂々と胸を張った。
「たぶん、誤差だよ」
「もう既に、やってられない感が凄いぞ」
「はい」
CAGED-BIRDとaaaaは呆れている。
ALICEが淡々と告げた。
「問題は明らかです」
「問題? クールフールには、ちゃんと誤解だって伝えたぞ。あれでも優秀な為政者プレイヤーで、なんだかんだ付き合いは長いから、僕が嘘を吐いているわけではないと理解したはずだ。それで、問題ないだろ?」
「いいえ、問題は依然として大きいままです。トリの姉さんが先ほど云っていた通り、攻略者パーティーの風評被害にもなりますので、素早く解決するべきでしょう。ハヤテ、あなたが一番、何が問題なのか認識できていないようです」
HAYATEが見回すと、三人とも、憐憫のまなざし。
「攻略者パーティーとして行動を共にしている間に起きた事件もあるようなので、アリバイが成立しています。ただ、理屈で煮詰めるまでの間、私たちは一片の疑問を抱くこともなく、あなたが犯人と思ってしまった」
「頼むから、欠片ぐらいの疑問は抱いてくれ」
「真面目な話です。私たちでもそうなのに、他のプレイヤーはどう思うでしょうか?」
ALICEの核心を突く言葉に、HAYATEはようやくハッとする。
「ハヤテ君、ステータスが面白いことになってるぞ」
CAGED-BIRDはニヤニヤ笑いながら、カメラでも構えるようなポーズで、HAYATEを覗き込んでいた。aaaaは静かに苦笑している。スキル〈分析〉を遅れて発動させたらしいALICEは、「これは酷いですね」と、零点のテスト用紙でも見たかのような反応を示す。
PK事件は、はじまりの街を騒がしている。
COOLFOOLを始めとした〈ラウンド・テーブル〉はもちろん、攻略者パーティーの仲間たちも、HAYATEが犯人だと誤解した。
果たして、βテストに参加している四千人のトッププレイヤーたちは、どんな風に考えるだろうか? 〈虐殺鬼〉を噂でしか知らないプレイヤーたちこそ、一切迷うことなく、『PK事件』の犯人をHAYATEと結び付けるだろう。
HAYATEは己のステータスを確認すると、テーブルに突っ伏した。プレイヤーの評判で上下する〈功績値〉のマイナス値が、国家の債務額レベルに達していた。
「真犯人、絶対に殺す」
忍刀と小太刀を抜き放って叫んだHAYATEに対し、「それでは結局、またプレイヤーキルの数字が増えるのでは?」と、三人分の呆れた視線が向けられる。怒りに燃えるHAYATEは顧みることなく、仲間たちの協力すら断って、この夜、真犯人との対決に挑むことを誓うのだった。




