第82話:あの日の甘さ
世界が終わるかもしれない夜。
それでも人は、
昔を思い出す事がある。
温かかった事。
優しかった事。
忘れたくなかった事。
それは案外、
生きる理由になる。
E-00は動かなかった。
巨大な光輪を背負ったまま。
空に浮かんでいる。
まるで考えているように。
街にも奇妙な静寂が訪れていた。
誰もが空を見上げている。
主人公は瓦礫へ腰を下ろした。
「……どうしたもんかな」
珍しく弱音だった。
教育係が隣へ座る。
「怖いですか?」
主人公は少し笑う。
「当たり前だろ」
即答だった。
教育係も少し笑った。
「そうですね」
風が吹く。
焦げた匂い。
崩れた街。
遠くで誰かが復旧作業を続けている。
そんな中だった。
小さな足音が近付く。
振り返ると。
あの少女だった。
炎の中から助け出された女の子。
「おにーちゃん」
主人公が手を振る。
「元気そうじゃねぇか」
少女は頷いた。
そして。
小さな手を差し出す。
そこには。
一粒の飴。
主人公が固まる。
黒かった。
丸かった。
黒糖飴だった。
時間が止まる。
教育係が主人公を見る。
少女は笑った。
「これあげる!」
主人公は動けなかった。
胸の奥が痛む。
懐かしい。
温かい。
苦しい。
色んな感情が一気に押し寄せてくる。
少女は首を傾げる。
「きらい?」
主人公は慌てて首を振った。
「違ぇよ」
声が少し震えた。
少女は嬉しそうに笑う。
「お母さんがね」
「ありがとうは形にした方がいいって」
主人公は言葉を失う。
昔。
同じ事を聞いた事があった。
幼い頃。
暗い部屋。
寒い夜。
痩せた母親。
その手の中にあった黒糖飴。
『優しさはな』
『ちゃんと渡さないと伝わらないんだよ』
記憶が蘇る。
忘れたと思っていた。
いや。
忘れたふりをしていただけだった。
主人公は飴を受け取る。
掌の中の小さな重み。
それだけなのに。
妙に重かった。
少女が笑う。
「またね!」
走っていく。
母親が頭を下げる。
主人公も軽く手を上げた。
そして。
少女の姿が見えなくなった頃。
教育係が静かに聞く。
「黒糖飴」
主人公は黙る。
少しだけ空を見る。
夜空だった。
星は見えない。
でも。
昔の記憶だけは見えた。
「母親がな」
小さく呟く。
教育係は何も言わない。
主人公は続ける。
「貧乏だったんだよ」
笑う。
少しだけ。
「笑えるくらいな」
風が吹く。
「でも」
掌の飴を見る。
「たまにくれたんだ」
教育係は黙って聞いていた。
主人公は続ける。
「たった一個なのにな」
少し間。
「世界一うまかった」
教育係の表情が柔らかくなる。
主人公は笑った。
だけど。
その目は少しだけ赤かった。
その時だった。
E-01が近付いてくる。
主人公の掌を見る。
黒糖飴を見る。
そして聞いた。
「質問」
主人公が振り向く。
「何だ」
E-01は静かに言った。
「それは希望か」
教育係が目を見開く。
主人公は少し考えた。
そして。
笑う。
「違うな」
E-01が首を傾げる。
主人公は飴を見つめた。
「これは」
長い沈黙。
そして。
静かに答える。
「優しさだ」
風が吹く。
誰も喋らない。
だが。
その言葉だけは。
確かに皆の胸へ残った。
空の上では。
E-00がまだ止まっている。
まるで。
その言葉を聞いていたかのように。
第82話でした。
今回は久しぶりに、
この作品の原点である黒糖飴へ戻りました。
世界を変えるのは兵器でも力でもなく、
誰かから受け取った小さな優しさ。
それがこの作品の根っこです。
次回は、
止まったままのE-00と、
主人公達の間で少しずつ変化し始める空気が描かれます。




