第52話:感情という熱
第52話です。
感情を許された世界。
だが、
それは“優しさ”だけでは終わらない。
怒り。
不安。
欲望。
人間らしさは、
熱を持ち始めていた。
「ここだ」
“失敗作”が立ち止まる。
古い施設だった。
白い壁。
だが以前と違う。
無機質だったはずの空間に、
落書きが増えていた。
色。
文字。
笑顔のマーク。
「……自由って感じだな」
俺は苦笑する。
教育係が複雑そうな顔をした。
「前なら即修正対象でした」
「今は?」
「……誰も止めません」
悪くない。
“失敗作”が扉を開ける。
その瞬間。
微かな風が流れた。
部屋は広かった。
窓が開いている。
白いカーテンが揺れていた。
そして――
執行者がいた。
窓際。
外を見ている。
白と黒が混ざった髪。
以前より、
明らかに“人間”に近づいていた。
「おーい」
“失敗作”が声を掛ける。
執行者が振り返る。
「対象」
静かな声。
でも、
少し柔らかい。
「元気か?」
俺が聞く。
執行者は数秒考えて――
答えた。
「不明」
「何だそれ」
思わず笑う。
「感情の分類が未完了」
真面目に言う。
教育係が少し吹き出した。
執行者が彼女を見る。
「何故笑う」
「い、いえ……」
教育係は口元を押さえる。
「ちょっと人間っぽくて……」
沈黙。
執行者は、
少し考えるように窓の外を見る。
「……最近」
小さな声。
「胸部に熱を感じる」
「熱?」
“失敗作”が眉をひそめる。
「戦闘異常か?」
「違う」
執行者は静かに首を振った。
「街を見ると発生する」
全員で窓の外を見る。
色づいた街。
笑う人。
怒鳴る人。
走る子供。
泣いている誰か。
全部がバラバラ。
全部が騒がしい。
「……あー」
俺は少し笑った。
「多分それ」
執行者を見る。
「嬉しいんだよ」
空気が止まる。
「……嬉しい」
執行者が繰り返す。
「肯定」
俺はうなずく。
「世界が生きてるって感じる時になる」
沈黙。
執行者は胸へ手を当てる。
「これが……」
小さな声。
「感情」
その時だった。
突然――
遠くで爆発音が響く。
ドォン!!
施設が揺れる。
「っ!?」
教育係が振り返る。
窓の外。
黒煙が上がっていた。
「何だ!?」
“失敗作”が顔をしかめる。
警報は鳴らない。
もう管理世界じゃない。
だが――
街の一角で、
人々が逃げ惑っていた。
「……暴動?」
教育係が青ざめる。
執行者が静かに呟く。
「感情の衝突を確認」
空気が変わる。
俺は窓の外を見る。
誰かが怒鳴っている。
誰かが殴り合っている。
管理が消えた世界。
自由になった世界。
その代わり――
人間の欲望も解放されていた。
「……始まったな」
“失敗作”が低く言う。
「未完成の世界が」
執行者は、
燃える街を見つめていた。
そして静かに呟く。
「感情は……」
小さな間。
「美しく、危険だ」
その瞳は、
初めて“迷い”を持っていた。
読んでいただきありがとうございます。
第52話では、
感情を許された世界の“光と影”が描かれ始めました。
自由は、
優しさだけでは終わりません。
怒りも。
欲望も。
悲しみも。
すべてが人間です。
次回、
新世界最初の大事件が始まります。
引き続きよろしくお願いします。




