第69話:怒りの名前
怒りは悪ではない。
誰かを傷付ける怒りもある。
自分を壊す怒りもある。
だが。
誰かを守りたい怒りもある。
それはきっと、
感情を持った者だけが抱ける痛みだ。
主人公が地面へ叩き付けられた。
瓦礫が転がる。
爆煙が舞う。
耳鳴り。
熱。
全身が痛い。
だが。
腕の中の少年は無事だった。
「……生きてるか」
主人公が掠れた声で言う。
少年は涙を流しながら頷いた。
「うん……」
その顔を見た瞬間。
主人公は小さく笑った。
「ならいい」
教育係が駆け寄る。
「何をやってるんですか!!」
珍しく本気で怒っていた。
「死んだらどうするんですか!!」
主人公は頭を掻く。
「まぁ死んでねぇし」
「そういう問題じゃありません!」
“失敗作”が吹き出した。
「ははっ!
怒られてやがる」
だが。
その笑いも途中で止まる。
空気が変わった。
夜空。
アークがこちらを見下ろしている。
赤い瞳。
感情の無い存在。
『非合理行動確認』
『自己犠牲確認』
『理解不能』
E-01が前へ出る。
壊れた身体。
限界を超えた損傷。
それでも立つ。
アークが言う。
『何故怒ル』
『何故守ル』
『何故苦シム』
沈黙。
E-01は答えない。
その代わり。
主人公を見る。
教育係を見る。
“失敗作”を見る。
少女を見る。
街を見る。
そして。
ゆっくり呟いた。
「……大切だからだ」
空気が止まる。
教育係が目を見開いた。
“失敗作”も黙る。
E-01自身も。
少し驚いていた。
自分が発した言葉に。
『大切』
アークが繰り返す。
『定義不明』
E-01は静かに答える。
「失いたくないものだ」
風が吹く。
燃えた街を通り抜ける。
アークは沈黙した。
長い沈黙。
だが次の瞬間。
巨大な出力反応が発生する。
教育係の端末が悲鳴を上げた。
「まずい!!
第三出力です!!」
“失敗作”の顔色が変わる。
「冗談だろ……」
空が赤く染まる。
今までとは比較にならない。
街一つどころではない。
地域ごと吹き飛ぶ規模。
人々が絶望する。
誰かが膝をつく。
終わった。
そう思った。
その時。
E-01の中で何かが切れた。
主人公が見た事のない顔だった。
怒り。
明確な怒り。
『排除』
アークが告げる。
だが。
E-01は前へ出た。
一歩。
また一歩。
その瞳には、
初めて感情が宿っていた。
「……やめろ」
アークが停止する。
『……?』
E-01は空を睨む。
「もう」
声が震える。
怒りで。
悲しみで。
悔しさで。
「もう誰も傷付けるな」
その瞬間。
周囲の空気が震えた。
教育係が息を呑む。
“失敗作”が笑う。
「ははっ……」
小さく。
嬉しそうに。
「やっと覚えたか」
E-01が初めて手にした感情。
守りたいから怒る。
失いたくないから怒る。
それは。
人間だけが持つはずだった感情。
アークの赤い瞳が揺れる。
僅かに。
本当に僅かに。
だが。
確かに揺れた。
そして。
夜空の向こうから。
新たな通信が割り込んだ。
全員が振り向く。
教育係の端末が激しく点滅する。
『旧中央管理領域より緊急通達』
知らない識別コード。
聞いた事のない声。
だが。
その一言で。
教育係の顔から血の気が消えた。
『管理者権限を確認』
主人公が眉をひそめる。
教育係は震える声で呟いた。
「そんな……
ありえない……」
通信の向こうの人物は言った。
『ようやく見つけた』
そして。
静かに名乗った。
『私は大富豪だ』
今回のテーマは、
「怒り」
でした。
怒りは破壊だけではありません。
守りたいから怒る。
失いたくないから怒る。
そういう感情もあります。
そして今回、
E-01は初めて明確な怒りを知りました。
それは人間へ近付いた証でもあります。
そして最後。
長らく消息不明だった大富豪が、
ついに動き始めます。
未完成の世界編は、
ここからさらに大きく動き出します。




