第63話:壊れかけの心
感情は、
人を強くする。
だが同時に、
壊れやすくもする。
恐怖。
後悔。
孤独。
その全てを抱えながら、
人は前へ進む。
未完成だからこそ、
立ち止まりながらでも歩いていける。
ベルゼの赤い単眼が、
ゆっくり明滅していた。
『……温カイ』
機械音声が、
僅かに乱れる。
その異常に、
教育係が息を呑んだ。
「まさか……
学習している……?」
“失敗作”が顔をしかめる。
「最悪だな」
ベルゼほどの旧制圧兵器が、
感情へ反応し始めれば危険過ぎる。
だが。
主人公だけは、
静かにベルゼを見ていた。
「……迷ってんのか」
『否定』
即答。
だが。
赤い単眼は、
微かに揺れていた。
E-01が前へ出る。
壊れた身体。
火花が散る腕。
それでも、
ベルゼから目を逸らさない。
『E-01』
『質問』
「……何だ」
『感情ハ、
何ヲ生ンダ』
沈黙。
燃える街。
泣き声。
瓦礫。
その中で。
E-01は、
ゆっくり後ろを見る。
少女。
老人。
助け合う人々。
不完全で、
バラバラで、
非効率な存在達。
でも。
そこには確かに、
温もりがあった。
E-01は静かに答える。
「……痛み」
ベルゼが停止する。
『肯定』
E-01は続けた。
「だが」
少し間。
「希望も生む」
その瞬間。
ベルゼの単眼が強く光った。
『矛盾』
『痛ミハ排除スベキ』
『苦シミハ不要』
『感情ハ世界ヲ壊ス』
主人公が鼻で笑う。
「実際、
壊れてんだろ今」
教育係が頭を抱えた。
「こんな状況で煽らないでください……!」
“失敗作”は笑っていた。
「ははっ!
でも嫌いじゃねぇ」
ベルゼの砲口が再び展開される。
『世界正常化ヲ開始』
赤い光が集束する。
今度は、
街全体を巻き込む規模。
教育係の顔色が変わった。
「まずい……
出力が違います!」
避難していた人々が絶望する。
誰かが呟く。
「終わりだ……」
だが。
その時だった。
老人が前へ出る。
主人公達が驚く。
老人は震えていた。
怖いはずだ。
それでも。
E-01の前へ立った。
「……ワシは」
掠れた声。
「まだ死にたくない」
ベルゼが老人を見る。
老人は続けた。
「怖い」
「苦しい」
「でもな」
涙を流しながら笑う。
「孫に……
また会いたいんだ」
空気が静まる。
その後ろで。
別の女性が前へ出た。
「私も……」
子供を抱き締める。
「この子を育てたい」
さらに。
瓦礫撤去をしていた男達も立つ。
「俺らだって、
まだやり直してぇよ」
「失敗ばっかだけどな」
「それでも生きたい」
次々に、
人々が前へ出る。
恐怖で逃げていた人間達が。
今度は、
自分の意思で立っていた。
ベルゼの単眼が揺れる。
『……何故』
『何故、
苦痛ヲ許容スル』
主人公は黒糖飴を取り出す。
そして。
静かに言った。
「生きてるからだろ」
ベルゼが停止する。
完全停止。
処理音だけが響く。
E-01は、
その赤い単眼を見ていた。
そして初めて思う。
かつての自分も、
こうだったのだと。
感情を知らず。
痛みを知らず。
誰かの温もりも知らず。
ただ、
完璧だけを求めていた。
E-01は、
ゆっくりベルゼへ近付く。
「質問」
『……何ダ』
「お前は」
少し間。
「一度も、
誰かに触れられた事はあるか」
ベルゼが沈黙する。
答えは返らない。
その瞬間だった。
ベルゼの単眼が激しく明滅する。
警告音。
異常処理。
教育係が叫んだ。
「まずい!!
内部制御が乱れてます!!」
“失敗作”が目を見開く。
「感情処理に耐えきれてねぇのか……!?」
ベルゼの巨体が揺れる。
街全体が震動した。
そして。
赤い単眼から、
初めて火花が散った。
今回のテーマは、
「痛みがあるから生きたい」でした。
ベルゼは、
苦しみを否定します。
合理的に考えれば、
確かにその方が正しいのかもしれない。
ですが。
苦しいからこそ、
人は誰かに会いたいと思う。
失いたくないと思う。
今回、
人々は初めて、
“自分の意思”で前へ出ました。
それは未完成で、
弱くて、
不格好な選択です。
でも、
この作品で描きたいのは、
そういう人間らしさです。




