01.
フルーフェルトの街に滞在して7日。
もう村を出てから10日以上が経っているのかと思えば、感慨深い。
組合から紹介された宿は、最低限の設備しかなくて最初は戸惑った。けれど、それもイリヤが不機嫌な顔のまま教えてくれた。
彼は、口こそ悪いが優しいと思う。本人はきっと、言われたら嫌な顔をするだろうけど。
「さて、今日も仕事しなきゃな」
カーテンを開ければ晴天。ロイドは大きく伸びをした。
イリヤは朝食をあまり食べない。討伐員は身体が資本だからこそ必要だと思うのだが、面倒とか眠いとか言って、いつもぎりぎりまで布団をかぶっている。
こちらとしては早朝の鍛錬も朝食も必要なのだが、生活習慣の違いを押し付けるのはきっと良くない、と、思う。
だから、最近は全ての身支度を終えてからイリヤを起こすのが日課の一つになりつつある。
「イリヤ、そろそろ行くぞ」
「……あー、おー」
普段の目つきの悪さも寝ぼけた顔だと半減する。こうしていると、顔立ちは整っていると思う。
のそのそと身支度をするイリヤを見ていると、魔狼の村での戦闘も本当にあったのか疑わしく思える。けれど、時たま見えるイリヤの包帯が、それを否定する。
「その手」
「あん?」
たまに日常動作で止まるのは、いつも右手だ。きっとまだ痛みもあるのだろうと思えば、無茶な依頼も受けたくない。
「いや、何でもない」
「あっそ」
興味なさそうに言い捨ててこちらを振り向くと、イリヤはさっさと行くぞと部屋を出た。
宿から組合までは細い裏道を通ればすぐだ。大通りを通ると遠回りになるから、昼間は裏道ばかり通る。
飲食店の廃棄や、それを狙う鼠が走り回るような道は、この街に来て初めて見た。
初めて足元にデカい鼠がきた時は思わず剣に手をかけそうになって、イリヤに笑われた。
「あの金目の方が怖ぇだろうが」
腹を抱えて笑うイリヤに、鼠は見たことなかったと言えば更に笑われたのを思い出す。
今はもう、足を進めれば勝手に逃げ出すのも知っている。
組合の扉を開ければ、いつも通りの安酒の匂いがする。何度か顔を合わせたことがある討伐員に軽く挨拶をしながら、依頼書の元へ足を向ける。
ナイフで壁に刺さった真新しい依頼書もあれば、端が擦り切れるような黄ばんだ依頼書もある。ここ数日は、なるべく古そうな依頼書を選ぶようにしている。
「何かいいのあったか?」
隣で小柄な男と何やら話していたイリヤに聞かれ、二枚の依頼書を渡す。それを受け取る前から嫌そうな顔をされるが、これもここ数日で慣れた。
「まぁた、割の合わねぇもんばっか見つけやがって」
面倒臭ぇと言いながらも、その依頼を戻せとは言わない。こういう所が、イリヤらしいと思う。
古い依頼が残っているのなら、それは誰も受けていないということだ。今万全の状態で動けないのなら、そう言う困っている人を優先しても良いと思う。
一応、宿代と食費を出しても赤字にはならないように考えてはいる。初めは宿代もわからず、イリヤに怒られたけれども。
依頼書を顔なじみになった受付の男に渡せば、受理はすぐに終わった。
「で? 薬草採取だって?」
依頼書から顔を上げれば、不機嫌そうなイリヤがそこにいた。
「ああ。近くの森だけど、赤熊が出るらしいから」
熊の魔物は、その力強さが脅威だ。そんな魔物が出るような場所の採取は、確かに討伐員向きかもしれない。
「最近そればっかだな」
はあ、と大げさなまでのため息を吐くイリヤに苦笑を返す。きっとイリヤの腕ならもっと大きな依頼を単独達成してのんびり過ごす方が良いのだろうということもわかってる。
けれど、今はどうしてもそれを選ぶことはできなかった。せめて怪我が治るまでは。
「まあ、今日はその近くで別の依頼もあるから」
「魔物でも何でもなさそうだけどな」
はっと鼻で笑うイリヤに、確かにそうだとも思う。けれど、先日の魔狼の件も考えれば、気にしすぎだとも思えない。
「こんなんばっかで、いつ金返すんだよお前」
「まあ、もうしばらくかな」
怪我のことは言わない。絶対に無茶をするのが想像できるから。
適当に言葉を濁しながらも目的地へ足を向ける。なんだかんだ文句を言いながらも付いてくるイリヤに、気付かれないように笑みをかみ殺す。
依頼にあった薬草は、一般的な物だそうだ。初めは名前を知らないだけかと思ったけれど、村の周りでは見たことがないものばかり。初めは受付に図鑑を見せてもらったりイリヤに怒られたり、大変だったなと思い出して笑う。
採取場所へ着くと、イリヤは手ごろな木にもたれ掛かって目を閉じる。ここ数日は、この時間はイリヤは寝ていることが多かった。
本来ならきっとこんな依頼を受けないから、一人でやれ、ということだろうと思っている。それが、少しでも信頼されているということなら嬉しかった。
採取した薬草を手に、次の依頼へ向かう。
普段の寝起きは悪いのに、依頼の時だけはすぐに動き出すイリヤは不思議だ。
「んで、ここの依頼は?」
左手に杖を持って、歩きながら聞かれた。
「畑を荒らす野犬を追い払ってほしい、らしい」
「はっ、俺らじゃなくてもいいじゃねぇか」
まあ貰えるもんは貰うが、と笑う。野犬は確かに厄介だけれど、裕福な村でなければ報酬を出さずに自分たちで対処するだろう。
「お前一人でできんだろ?」
ひらひらと手を振って、近くの切り株に寄りかかるイリヤを見送る。
確かに一人で問題ない依頼だ。パーティだから一緒に来るのも理解はできる。けれども、だ。
「猪でも出たら手伝ってやるよ」
包帯の残る右手を振られて、諦めにも似たため息が出た。
正直、この依頼でこの報酬はありがたいのも事実だ。なら、一人で何とかするつもりでいるしかないだろう。
そう腹をくくった所で、荒い息遣いがかすかに聞こえた。
近くに転がる石を投げて牽制すれば、きゃいん、と甲高い鳴き声と共に気配は遠ざかる。こんなもの、剣を振り回す必要もない。
何度かそれを繰り返すうちに、日も大分傾いてきた。
「こんなもんかな」
「終わりか?」
ずっとロイドの様子を見ていたイリヤが、口元を歪めて聞いてくる。
「これではキリがないからな。野犬除けの罠とか、根本的な対策を相談した方が良いと思う」
「俺らの仕事はそうじゃねぇよ」
わかってねぇな、と言って、イリヤは左手を付いて立ち上がった。
「畜生ども、寄るんじゃねぇ――吠止め」
そのまま、杖を持たずに左手を一振り。それだけで、空気が変わったのを感じた。
「なんだ、今の」
「さあな」
きっと、微弱な結界の一種だろうと。勝手にそう納得することにした。
組合で報告書と引き換えに報酬を受け取り、宿へ戻る。一人部屋を取れるだけの報酬は稼いでいるが、イリヤに借りた金貨の返済にはまだ全然届かない。
手元に残った銅貨を見て、思わず大きなため息を吐いた。




