07.
地鳴りのような音が響く。
生き残った魔狼達は厄介だ。
「っ、授炎」
痛む右手を振って、再度周りを炎で囲む。
円の中心には自分たちと金目だけ。
「ちっ」
歪な円は、周囲の赤目が飛び越えられる程度の高さにしか燃えない。
舌打ちして、イリヤは右手に流れる血を振り払った。
「王の御前だ、ひれ伏せ!」
無理やり起こした魔術の炎は、先程までの勢いがない。それでも、周囲の赤目達の動きを制限するには十分だった。
「そっちは任せた」
返事の代わりに、剣を握りなおす音がした。
飛び掛かってくる金目はその牙をむき出しにして、痛いほどの殺意をぶつけてくる。
馬鹿正直にまっすぐ飛び込んできては、その牙がロイドの剣に阻まれる。
がん、きん、と鈍い金属音が打ち鳴らされる。
何度も、何度も。
金目はその体躯に似合わず素早い。ロイドが攻めに転じる隙はないように見える。
「くっそ……早いな」
噛みついてくる牙を剣で弾き飛ばして呟くロイドに、イリヤははっと笑った。
「てめえには荷が重いか?」
「脂汗かいてるやつを守りながらだから、な」
重たい音と共に、火花が散る。
正直、金目の動きは速い。腕の傷は思ったより深い。
「しゃあねえな」
一瞬だけだ、と小さく言えば、ロイドはわかった、と返した。
杖を左手に持ち直し、口の中で呪を紡ぐ。
「戒めよ、絡め、捉えよ」
左手に魔力を込める。目を閉じて集中しろ。
「逃るるなかれ、抗うことなかれ」
金属音が遠くに聞こえる。
「大地に囚われ、闇に溶けよ」
目を開けた瞬間、金目の前足が目の前に現れる。
ギリギリでロイドの剣が受け止めた。
「ちょこまかと、鬱陶しいんだよ!」
左手から右手へ杖を持ち替えて、目の前に迫る金目の頭を殴り飛ばす。
「鎖縛!」
じゃらりと、中空から飛び出した黒い鎖が金目の身体を拘束する。宙に浮いたまま低い唸り声を上げるが、同時に鎖からびきりと嫌な音が響く。がり、と鎖の一部が砕ける音がした。
「いけ!」
「おう」
土が抉れる。
ロイドが剣を振るのは、遅くない。
けれども。
ロイドの剣が金目に触れたのが先か、鎖が壊れたのが先か。
きゃうん、と甲高い鳴き声を出しながらも、金目は立ち上がった。
踏み込み、大地が抉れる。
ロイドの剣が炎を反射する。
がきん、と鎖が壊れる音がした。
宙を火の粉が舞った。
きゃうん、と甲高い鳴き声を上げて吹き飛ばされた金目は、それでも立ち上がる。
「ちっ、浅かったか」
険しい顔で舌打ちするロイドに、まあそうだろうな、とイリヤはため息をつく。
不自然に折れた前足を引きずって立ち上がった金目は、先程のようにまっすぐ突っ込んでくることもない。
「俺は、多分無理だぞ」
きっと自分だけなら、退避して体勢を立て直すだろう。油断が生んだ負傷は、今この場の足枷としては大きい。
何より、先程の拘束で仕留められなかったことが悔やまれる。
「ああ、任せろ」
それでも、機動力は奪った。
はっと息を吐いて、イリヤは口を開いた。
「周りだけは何とかしてやる」
金目の相手までは、今は余裕がない。
ロイドが小さく頷くのを確認して、イリヤはその場に膝をついて目を閉じた。
円を描いた炎の勢いが、増した。
任せろ。
確かに口にした言葉を違えることは許されない。
ロイドは改めて目の前の金目を見つめる。
負傷したことで警戒されたのか、先ほどのように闇雲に向かってくることはなく、低い唸り声を上げながらもこちらを伺う様子も見られる。
ざり、と足を動かせば、ぴくりと耳が動く。
明らかに知性を感じさせる動きに、やはり魔物だと思う。
村でいつも倒していたモノだ、と。
視界の端でイリヤを確認する。うっすらと汗ばんではいるが、呼吸は落ち着いている。こちらも大丈夫そうだ。
守るものはない。
だん、と一歩踏み込んだ。
足が止まるなら格好の的だ。
大剣を下から振り上げる。
空間が裂ける音がした。
きっと当たらないと見込んで、すぐに駆け出す。
怪我をした右前脚ではなく、左を狙う。
「ガウガァッ」
予想通り目の前に現れた金目を、剣の柄で殴り飛ばす。
ざあっと地面を擦る音で、炎の円ギリギリで止まる。
ちり、と火の粉が服を焼く音がした。
がくり、と震えながらも立ち上がる魔狼の目は、ひたりとロイドを見つめていた。
まだ、何かある。
警戒しながらも、剣を水平に構える。
短く息を吸って、地面を蹴った。
剣が魔狼を捕らえる寸前、パチリ、と言う音がした。
「ぐぁっ」
全身を痛みが走る。
それでも剣を振り切るが、手応えは浅い。
足に力がはいらず、片膝をつく。まだ剣は握れているが、感覚が鈍い。
「近接殺しかよ」
はっ、と悪態が口をつく。
金目は距離を取り、舌を出してハッハッと苦しそうな呼吸をしている。
それでも、ヨロヨロと立ち上がり、天を仰いだ。
「ワウウウゥー」
遠吠えのようなその鳴き声と共に、風の刃が金目の周囲を囲う。
風が触れた場所が、ごっそりと抉り取られる。
「厄介だな……」
「しぶとい畜生だ」
イリヤの声に同意する。
「止められるか?」
炎の維持、怪我の出血。そろそろイリヤも厳しいんじゃないか。
「俺を誰だと思ってんだ。合わせろ」
その自信溢れる言葉に、思わず口元が歪む。
「はっ、そっちこそ」
妙な高揚感すら感じる。
「上等だ。ーー沈め」
イリヤの言葉と同時に、炎が消えた。
どしゃ、と遠くから何かが潰れる音が聞こえる。
「闇よ、月よ」
ぼんやりと、イリヤの右手が光る。
剣を握り直す。感覚はほとんど戻った。
「全て飲み込め、かき消せ」
金目の周囲の刃がこちらへ向かってくる。
つくづく賢い魔物だ。
きん、と剣ではじき返し、駆け出す。
「畜生如きが、黙れよーー沈黙の帳」
ふっと、風の刃が全て消えた。
抉れた地面に足を取られる。
それでも、振り落とした剣は金目の喉に届いた。




