05.
パチリ、と暖炉の火が跳ねる。雨戸も閉め切った部屋の中は、まるで何事もないかのように暖かい。
一歩外に出れば、そこは静寂。
最悪の中の最悪を想定して、アレも確認した。割に合わない依頼だと、イリヤは舌打ちのかわりに目を閉じた。
壁にもたれかかっているロイドも、目を閉じて黙っている。身動き一つしない姿に、起きてんのか、と一瞬思う。
ぴり、と何かが肌を刺す気配を感じた。
「……行くか」
それだけ声をかけると、イリヤは部屋の扉を開けた。
部屋から一歩外に出れば、ひんやりとした冷気が肌を刺す。夜更け特有の、飲み込まれそうな静寂に、イリヤは口元を歪めた。
「いる、な」
低い声で唸るように呟くロイドの言葉に、無言で頷く。まだ屋敷から離れてはいるが、数匹の気配を感じた。
屋敷を出て、村外れの畑までも警戒を続ける。時たま吹く風が、僅かに生臭い匂いを届けた。
焦る必要はない。ゆっくり足を進めれば、耳にぐちゃり、ぺちゃりと湿った音が届いた。
音の方へ視線を向ければ、黒い塊が蠢くのが見える。
「食ってる」
何を。
村には、今は人しかいないはずだ。隣でロイドも足を止めたのがわかった。
「共食い……してる?」
ちろり、と長い舌と一緒に、赤い目玉が見えた。
人の物ではないそれに、状況を飲み込むのに時間がかかった。
その瞬間。
赤目が複数、こちらを見た。
ぞくり、と嫌な予感を感じてその場を飛び除けると、先程までいた地面が抉れていた。
ひたりひたりと、音もなく数匹がこちらを見据えて近付いてくる。
「ちっ、しゃあねえな」
手に持つ杖を構えると同時に真横から飛びかかってくる塊をなぎ倒す。同時に背後の魔狼二匹が血飛沫を上げて崩れた。気付けばロイドがこちらに背中を向けていた。
「やるか」
「ああ」
言葉はそれだけ。
それが共闘の合図だった。
正面から飛びかかってくる魔狼を杖で殴り、真横から牙を剥く魔狼の横っ面を思い切り蹴飛ばす。そのまま蹴り飛ばした勢いで位置を移動すれば、先程までいた場所を風の刃が通り過ぎる。抉れた地面に、思わず冷や汗が伝う。
数の暴力とはよく言ったものだ。呪を紡ぐ余裕がない。
「はっ、上等」
視界の端では、ロイドがまた一匹切り裂くのが見えた。
これだけ距離があればどうにかなるか。
飛びかかってくる魔狼をまた一匹、杖で殴り飛ばした。鈍い音と共に、群れの中心部へ飛ぶように調整する。
魔狼達は飛んできた障害物に一瞬動きを止める。その一瞬が必要だ。
「燃えろ」
その言葉と共に、イリヤの周囲に黒い炎が走った。
「畜生共は、火が一番だな」
口元を歪めて、詠唱を続ける。
「燃えろ、燃えろ、燃えろ
王の道を遮るなーー授炎」
唱えて、一拍。円を描く炎の勢いが増した。
周囲を囲む魔狼達は、低く唸り声を上げながら後ずさるのが見える。涎を垂らして唸るその姿は、飢えとは違う狂気すら感じる。
金目はまだいない。ロイドの方も苦戦をする様子はないから、向こう側でもなさそうだ。
正体のわからない焦燥感に、舌打ちをした。
周囲を囲む魔狼はその間にもイリヤの生み出した炎を見て唸り声を上げる。
「るっせぇ、な……」
言いながら視線を移して、言葉を失った。
魔狼は獣畜生だ。
本能的に炎を恐れる。
そのはずなのに。
一匹が炎を恐れず、突っ込んでくるのが見えた。
「は?」
何だこれは。
一匹はすぐに炎に飲まれて、消し炭になる。
襲ってくることが問題じゃない。
見れば、飛び込んだ一匹を皮切りに、近くの魔狼も数匹が飛び込んでは消し炭になる。それを目の当たりにしても、逃げることなくそこで囲む魔狼に、薄ら寒い物すら感じる。
「っ、ロイド!」
異常事態に、唇を噛んで呼ぶ。あいつがこの異常に気付いていればいい。そうでなければ、飲まれてしまえば。
「問題ない」
肉薄していた魔狼の一匹の首を切り、ロイドが近くまでやってきた。その手には魔狼の亡骸がある。
亡骸を森の方へ放り投げれば、近くを囲っていた魔狼達は臭いを辿って駆けていく。
「村ではたまにあることだ」
「お前、ほんとにどんな辺境にいたんだよ」
軽口を叩きながら、森から視線は逸らさない。
「さてな、隠すことでもないけど」
肩をすくめながら言うロイドも、改めて剣を構え直した。
「ま、聞くのは今じゃねぇな」
周りに残っていた魔狼がその場に伏せる。
まるで何かに怯えるような仕草に、そうだろうな、と口の中だけで呟く。
全く、厄介な依頼だ。
森の奥から、金目が二つ、こちらを見つめていた。




