04.
空は嫌になる程の晴天。依頼に出ていた村までは、今から向かえば日が暮れる前には辿り着く。
確かにそう聞いたけれども。
「なんで俺まで一緒に行くんだよ」
「ダメだったか?」
前を歩くロイドの言葉に、その揺れる長い髪を引っ張ってやりたくなる。
文句を言い続けても、二人で依頼受理の手続きをされたのは覆らない。だからこそ、足取りが重くとも、村へ向かう。
さあ、と草が風に揺れて音がする。イリヤのローブのフードが外れ、その金色の髪が太陽に照らされた。
「やっぱり、金色だよな」
「あん?」
「あ、いや……」
ロイドの言葉がイリヤにもかすかに届いた。本人も口に出したつもりはなかったのか、聞き返されて戸惑う素振りを見せる。
「その、珍しかったから」
「別に、お前の色の方が見たことねぇけど」
ロイドの、空に溶けるような青色の髪は、ありふれた金髪よりもよほど珍しい。他民族入り混じる王都であっても、その長身と髪ならばきっと目立つのだろう。
「俺の村は、みんなこの色だったけど」
「まじかよ。どんな辺境だ」
田舎出身だとは思っていたが、一体こいつはどこから来たんだ。そんな疑問は飲み込んで、はっとイリヤは口元を小さく歪めた。
「田舎なことは否定しないけどさ。だから、この依頼は急がなきゃなんだよ」
改めて依頼書に目を落とす。
「魔狼が出る村、か」
「ああ。はじめは畑、それから家畜。そして――」
ロイドが言いながら、足を止めた。
「子供」
「……へえ」
僅かにイリヤは目を細める。依頼書には、そこまでの情報はない。
「だから、急がないと」
「あっそ」
それだけ言うとイリヤは村へ歩き出す。先程よりも明確に、早さを持って。
遠目に見える村は、何の変哲もないように見えた。
「あれ、だな」
僅かに感じる焦燥感と裏腹に、爽やかな風が流れる。風に乗って、微かに血の匂いを感じたような気がした。
「おい、急ぐぞ」
そう言うと、返事を待たずに駆け出した。血の匂いが気のせいならいい。家畜ならまだましだ。
村に近づき、イリヤは顔をしかめた。
「ひっでぇな」
木で作られた簡易な門にはうっすらと噛み跡がある。抉れた道は、何かを掘り返した後のようにも見える。
門の位置から見える家にも、至る所に年月が理由ではない傷が見える。
「……っ」
後ろでロイドが息を飲む気配を感じる。
村の奥へゆっくりと足を進める。オレンジ色の夕日が、二人の長い影を伸ばした。
「……まだ、大丈夫だ」
家の中に、人の気配を感じる。子供特融の高い声も、微かに聞こえた。
「ロイド。行くぞ」
「ああ」
言葉もなく付いてきたロイドに声をかければ、力強い返事が聞こえた。
まもなく、日が暮れる。
村の奥の屋敷は、固く閉ざされていた。
「っ、討伐員組合から来ました」
ロイドが扉を叩いて声を上げれば、しばらくしてからぎいっ、と重い音を立てて開いた。
「討伐員組合から、か」
扉の隙間から見ただけでは、向こう側の人間が男であることぐらいしかわからない。
ロイドが受けた依頼だが、この状況の村を放っておくのも何となく目覚めが悪い。腹をくくった。
「まずは状況を伺いたい。なるべく早く」
イリヤの言葉に、男は頷いて二人を屋敷へ招き入れた。
村の屋敷はそこまで広くもないから、すぐに部屋までたどり着く。その間、男はずっと無言で俯いていた。
「村の状況を」
日暮れが近い。情報はあればそれだけ助かる。
「十日程前に、畑の柵がやられました」
男は口を開く。
「柵だけ?」
「ええ、はい。壊れ方が酷かったので、修理が間に合わず、翌日から畑が荒らされました」
男の話が事実であれば、畑の被害から十日程度。まだ人間は無事な可能性が高いが。
「その割には、村の被害が大きいですね」
同じ疑問をロイドも持っていたようで、今は険しく男を見ている。
「畑がやられたのは、ほんの二日です。そこから家畜がやられて、今はどこの家も野良猫一匹すらいない」
「どこで魔狼だとわかった?」
畑の被害や家畜だけなら、野犬の可能性もまだある。それでも、この村の怯え方は魔物に対するそれだ。
「ひとり、息子が」
男はそこで言い淀むように口を閉ざした。その言葉に、嫌な予感がする。
「やられたのか」
口に出すと、男は目を伏せて静かに頷いた。
空気が一段と重くなった気がした。
「まさか、もう」
ロイドの言葉に、男は絞り出すように口を開いた。
「辛うじて命はありますが、もう……」
男が首を横に振ったことで、最悪だけはまだ訪れていないことがわかる。それなら、情報源はその息子の方がいい。
「話は聞けるか」
「いえ、怪我からの発熱でしょうが」
ただ、と男が気になることを続けた。
「譫言でしたが、確かに金目が四つ、と」
その言葉に、呼吸を一瞬忘れた。
ただの魔狼の群れでないことは、明らかだった。
「金目が、四つ?」
ロイドが繰り返す。
「ええ、はい。何か?」
男がこちらへ問いかけるように首を傾げる。
「魔狼はーー」
「おい」
説明しようと口を開いたロイドに呼びかける。それだけで、ロイドははっとしたように口を閉じた。けれど、それは男の不安を煽るには十分だった。
視線が落ち着きなく彷徨う様子に、仕方ない、と口を開いた。
「普通の魔狼は赤目、群れを率いる魔狼が金目になるんです」
「では、金目が四つと言うのは」
男の言葉を遮って、イリヤは続ける。
「恐らく見間違いでしょう。話ができない程の怪我なら、よくあることです」
ロイドの視線を感じる。余計なことを言うな、とだけ睨み返す。
「少し、今夜のことについて打ち合わせをしたい。どこか使える部屋はありますか」
「それでしたら、この部屋をお使いください」
きっと発熱している息子の部屋へ行くのだろう。この男の憔悴は、村のことだけではない。
男の言葉をありがたく受け取り、部屋を出る姿を見送る。
足音も聞こえなくなってから、イリヤは傍の椅子に深く座った。
「なあ、どう思う?」
何のことだ、とは聞かない。ロイドも眉間にしわを寄せたまま、難しい顔をしている。
「大規模な群れだろうよ。そうでなきゃ――厄介だ」
「マーナガルムか」
災厄の象徴とも呼ばれる魔物の一種、マーナガルム。もしもこの村に出た四つの金目がそれなら、事は一刻を争う。
「討伐員は最悪を想定するもんだ。にしたって――最悪中の最悪だな」




