03.
街門には門番がいて、身分証の確認をする。これはある一定の規模の街であれば当然だし、身分証を紛失した場合は余計な手間と金銭がかかる。
「なあ、ロイド。お前、身分証ぐらいあるよな?」
門番とのやり取りを物珍しそうに見物しているロイドに声をかける。まさか、という思いとこれだけの世間知らずなら、という二つの思考がイリヤの中で渦巻く。
「……ないな」
「やっぱりか……」
あっさりと言うロイドに、想定内だったが、それでも呆れのため息が漏れる。
「ちなみに聞くが、門を通るための保証金なんかも、当然、あるわけねぇよな?」
「持ってない」
想定通りの返事に、イリヤの眉間に皺が寄る。とはいえ、後ろに行列も待っている現状、ここで揉めるのもあまり心証が良くない。はあ、と大げさにため息をついて、イリヤは金貨を一枚取り出した。
「お前、後でぜってー返せよ?」
「は?」
呆けるロイドを放っておいて、門番の元へ進んだ。
「イリヤ・コロトコフ。討伐員組合所属」
「はい、確認しました。あちらはお連れ様ですか?」
ちらりと確認するだけかと思いきや、この門番は案外しっかりと確認してきた。
面倒だな、と舌打ちが漏れた。
「ああ、まあな」
ぐい、とロイドの腕を引いてこの門番の前に連れてくる。
「紛失した。再発行する予定。これで」
そう言って手元の金貨を渡す。規定よりも多いが、それが通るか。
金貨を見て、案の定門番は首を横に振った。
「手続きはこちらでお願いします。お連れ様のお名前は」
ああやっぱりか。手続きには時間がかかる。連れだと言った手前、放って行く訳にもいかない。小さく舌打ちをした。
「ロイドだ」
「ではロイドさんはこちらで書類の記入をお願いします。イリヤ様はこちらでお待ちください」
事務的な口調でそう言われ、手続きのための小部屋と、その隣の待合室に通される。ああ、面倒だ。
ロイドは素直に小部屋の椅子に座り、ペンを走らせる。世間知らずのくせに共通文字が書けるのは不思議だが、所作はきれいだったと思い返した。
部屋の外は行き交う商人や旅人の声と門番達の声が響いてうるさいぐらいだと言うのに、部屋の中はペンの音が聞こえるほどの静寂。
組合まで行ったらおさらばだ。そう思いながら、イリヤは小さな欠伸を噛み殺した。
うたた寝をしている間にペンを走らせる音が止まる。イリヤは懐から金貨を1枚取り出した。
「ほらよ」
そのままロイドに投げれば、慌てて受け取って目を丸くするのがわかる。まるで初めて金貨を見たみたいだ。
「これ」
「いいか、死んでも返しに来いよ」
にやり、と口元に笑みを浮かべれば、ロイドははっとしたように息を呑んで「必ず」と頷いた。
保証金と宿代でどうせほぼなくなる金額だ。そんなクソ真面目に気負う程の金額でもないが、案外この男は本当に金貨を見たことがないのかもしれない。
ロイドが最後に保証金を支払うのを尻目に、この街の組合はどこにあるのかと街の地図を見た。
「すまない、またせたな」
「おう、欠伸が出るわ」
駆け寄ってきたロイドに視線を合わせることもなく、イリヤは地図を見つめていた。
「組合通りの外れ、か」
討伐員組合の場所を確認して、面倒だなと呟く。
よりにもよって門から一番遠い。
「組合通り?」
「行きゃわかる」
説明するのも面倒臭い。世話になった、と門番に片手を上げて門をくぐれば、ロイドも素直についてきた。
街の広場を抜けてそれなりに広い道を歩く。何が珍しいのかロイドはキョロキョロと辺りを見渡しては行き交う人間にぶつかりそうになっている。
「まるでお登りだな」
皮肉を込めてそう呼べば、お恥ずかしながら、と頭をかく。その姿に、はあ、とため息を吐いた。
「イリヤ、組合ってここじゃないのか?」
組合通りに入ってすぐ、看板を指さして聞いてくる。
「そこは裁縫組合。そっちは鍛冶組合だ」
一声かけないと関係ない組合に入りそうなロイドに、小さく舌打ちする。
太陽は少しずつ傾き始める時間で、今日の宿も取らなきゃいけない。こいつの寄り道に付き合ってる暇はない。
「いいから黙ってついてこい」
職人組合の並びを通り過ぎて、やっと討伐員組合の前にたどり着く。木造のそれは、街の規模に対して小さく見えた。
「ここが討伐員組合かー」
ぽかり、と口をあけて見上げるロイドを放っておいて、木の扉を押す。カラン、と軽快な鐘の音が響いた。
いつも通りの喧騒と酒の匂いに、どこの街も変わらないと思う。壁には残された依頼の紙が貼ってあるが、それも雑然としていた。奥の方では乾杯、と笑い声も聞こえる。
「そこで呆けてんじゃねぇよ。暇なら掲示でも見とけ」
背中を軽く叩き、受付へ向かった。こいつにばっかり構ってられない。
「おい、拠点変更と新規」
インクの染みついたカウンターテーブルには、比較的新しい紙の山が二つ。その間に座る小柄な男に声をかければ、ああはいはい、とのっそりと一枚の書類を渡された。
「変更手続きはこれねー。新規は大歓迎だけどー、どの人だいー?」
がりがり、と頭をかきながらも、視線は手元の書類から離さない。
「新規はあれだ」
呼んだほうが早い。そう思って振り返れば、ロイドと討伐員が睨み合ってることに気付いた。
心っ底面倒臭ぇ。
登録前から問題を起こす連れに、笑えてくる。
「だから、この魔物の討伐でこの報酬じゃ、高すぎないのか?」
ピリッと、空気が張り詰めたことがわかる。側にいた討伐員の男が、ああ? とロイドを睨む。
「新入りが、何言ってんだ?」
「だから、この魔物ならもうちょっと安ーー」
「おう、悪い」
これ以上余計なことを言う前に、杖で思いっきりロイドの頭を殴ったら、かなりいい音がした。
「こいつ、世間知らずのお坊っちゃんなんだよ。悪かったな」
こんなところでトラブルはごめんだ。古株にも見える討伐員に片手を上げて謝れば、男は毒気を抜かれたようにふん、と鼻を鳴らした。
「おら、さっさと行けよ」
頭を押さえて蹲るロイドを軽く足でつついて受付へ向かう。受付の男はトラブルにも慣れてるのか、相変わらず書類にペンを走らせている。
「新規、よろしく」
「ああー、ご新規さんはこれ、書いてねー」
先程のトラブルなんかなかったように、ロイドにも一枚の書類を渡す。
殴られた部分を擦りながらありがとう、と受け取るロイドに、受付の男もちらり、とこちらを見た。
「名前ぐらいは、書けるー?」
「共通文字で良ければ」
ロイドの答えにうんうんと頷いて、じゃあここに書いてね、と指差して教える。イリヤは小さく舌打ちをした。
「おい、お前」
「手続きはねー、順番なんだよー」
いけしゃあしゃあと言いやがる。
「じゃあ後はー、得意な戦い方だけ聞くねー」
「戦い方?」
繰り返すロイドに、うんー、と男が頷く。
「武器も戦法も、上手くまとめるのは、難しいからー、こっちで聞いてまとめるねー」
「なるほどー」
納得したように頷くロイドも、口調がうつっている。
「俺は大剣と身体強化の術だな。魔術も使えなくはないけど、戦闘では役に立たない、と思う」
ふむふむ、とメモを走らせながら、前衛タイプねーと呟く。大剣背負って後衛とか、そっちの方が怖い。
「じゃあ、これで登録できるよー。証明発行までに、依頼見てたらー?」
「ああ、ありがとう」
顔も見ずにヒラヒラと手を振る受付にも、ロイドは律儀に頭を下げる。受付の男が、またロイドに視線を向けた。
「じゃあお連れさんは、拠点この街だよねー。ついでにやっとくから、一緒に見ててよー」
「あ、おう」
僅かな違和感を感じながらも、また騒ぎを起こさないようにロイドの側に行く。
「……は?」
数拍遅れで受付の言葉を反芻する。
「おい、俺の変更はこいつとはーー」
「うん、この依頼、お願いします」
受付の勘違いを訂正する前にロイドが依頼の紙を持って割り込んできた。おいちょっと待て。それはさっき揉めたやつじゃねぇか。
「うん、君たち二人なら問題ないねー」
「いや待て、だから俺はーー」
イリヤの静止の声も聞かずに、受付の男は依頼受理、とペンを走らせた。
「じゃあ、二人で行ってきてよー。呪術師と剣士なら、問題ないだろうからー」
もう話は聞かない、と顔も上げずに手を振る男を、心底殴りたくなった。




