06.
「壊されたら厄介だな――離れろ」
イリヤが呟くのが聞こえた。
同時に、ガキン、と金属が壊れる音と同時に、黒い鎖が空気に溶けるように消えた。
耳が潰れた赤熊――キズありが咆哮を上げた。
周りの木々が揺れ、強風でマントがはためく。
砂埃に目を細めて隣を確認すれば、イリヤのフードも外れていた。
「格が違う、ってか」
「まあ、魔術使う赤熊なんて、な」
咆哮が止まり、風が止まる。
ロイドは片手で大剣を構え、半身をキズありに向けた。
「どうせ、すぐ終わるだろ」
右腕に魔力を集中させてロイドが呟く。
キズありはじっと二人から視線を離さない。
ざり、と音がしたのは、イリヤの足元。
一瞬の静寂。
次の瞬間、足元に違和感を感じた。
左へ飛び退ければ、視界の端にイリヤも避けたのが見えた。
大地が隆起して太い木の根が現れた。
轟音と共に現れた木の根は、生き物のようにうねる。
ロイドの腕程の太さの根が、鋭く空気を切り裂く。
尖った先端を切り落とし、キズありから更に距離を取った。
「また近付けないのかよ」
「あんだよ、助けが必要か?」
隣に立つイリヤが笑いながら言う。はっ、とその言葉に鼻で笑った。
「冗談。どうにかするさ」
剣を両手で持ち直し、キズありを見据える。
両腕を下ろしたままのキズありは、微動だにしない。
観察しろ。
襲ってくる根は、距離を取った今は向かってこない。射程距離は、広くない。
生きているようにうねるのは特に太い二本、その他は地を這うように僅かに動くだけだった。
キズありはじっとこちらを見つめたまま。黒く染まった半身が、時折びくり、と痙攣するように跳ねるだけだった。
剣を両手で水平に構え、ロイドは腰を落とした。
深呼吸を一つして、根の動きを観察していく。
まだ、完全に変化していない。
まだ、魔術がぎこちない。
根の動きを見極めて、その一瞬――大地を蹴る。
根がすぐさま襲ってくるが、遅い。
届かせない。
剣を構えたままキズありの正面だけを見据える。
背後から、名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
本能的に半歩身体をずらせば、背後から脇腹に熱が走った。
その衝撃に、視界が一瞬ぶれる。
キズありが、笑ったように見えた。
「ぐっ」
脇腹の傷はそれほど深くはない。けれども、剣を振るえば痛みが走る。
襲ってきた根を見れば、地面に突き刺さった根が一つと、宙を泳ぐように動く根が二本。
「隠してたのか」
こんなフェイクに引っかかるなんて。自嘲の笑みが口元に浮かぶ。
一度赤熊から距離を取り、大剣を片手で握りなおす。
痛みは感じるが、致命傷ではない。
「あれ、封じるか」
イリヤが小さく問いかける。
「いや、それは俺も厳しい」
魔術を封じるイリヤの呪術は便利だが。
「接近戦でやられるのはさすがにね」
「身体強化か」
さすがに赤熊相手に身体強化なしは厳しい。
「なら、お前に影響ないように、手伝ってやるよ」
にやりと口元を歪めて呟くイリヤに、何となくうすら寒い物を感じた。
やるんだろ、とイリヤに顎でキズありを指し示され、視線をキズありへ戻す。
イリヤが何をするかは知らないが、まあ無茶はしないだろうと言い聞かせる。
三本目の根の攻撃が外れても、キズありは一歩もそこから動かない。
――いや。
キズありの足元を見れば、そこから根が生えているようにも見える。この根は、キズありの足から直接生えているのかもしれない。
ロイドは再度剣を水平に構え、大地を蹴った。
今度は背後も注意しながら、それでも狙いはキズありの喉元。
背後から襲い掛かる根が、空気を切り裂く音が聞こえる。
左右に走りながらそれを躱して、剣が届くまであと半歩――
ぞくり、と嫌な予感が全身を襲った。
反射的に身体を伏せて、背後に視線をやる。
その直後、生暖かい液体がロイドの顔を濡らした。
「遅ぇんだよ」
口元を歪めて、イリヤが言う。
手元のナイフは二本。
見上げれば、赤熊の心臓にナイフが突き立てられていた。




