03.
組合通りからまっすぐ宿に戻らなかったのは初めてだ。
陽が落ちて赤く染まる商店街は少し物悲しさも感じる。少し、村を思い出した。
商店街を抜ければ、飲食店が立ち並ぶ通りに繋がる。大通りの店よりも、路地裏の店の方が当たりが多いことも、最近知った。
「この辺がいいか」
イリヤは慣れた足取りで店に入る。大通りから一本入った通りにある店は、そこそこ広く明るい。
仕事終わりに客も集まるのだろう。ガヤガヤとした喧騒の中で、イリヤは適当に空いたテーブルに深く座った。
木の椅子は硬いが、背もたれもある。イリヤはそこに片腕を回し、足を崩してエールを二つ頼んだ。
「お前もエールでいいよな」
頼んでから聞くことじゃない。
「まずは飯だ飯」
言われて周りを見回せば、エールのジョッキと一緒に並ぶ肉料理が目についた。
「とりあえず、肉だな。後は適当に任せた」
エールを持ってきた店員にそれだけ頼むと、ほら、とジョッキを一つ渡される。お疲れ、とジョッキ同士を併せる作法は、組合でもよく見る。
「随分慣れてるな」
「あ? 飯食いに来るならこう言うとこだろ」
お前は逆に飯どうしてんだ、と聞かれて、ここ数日の食事を思い返す。
宿に戻ってから湯を貰い、武器の手入れをしたら買ってきたパンやサンドイッチを食べて、終わり。朝は宿の食事を取るから、一緒に食事するなんてしていなかった。
「別に、酒飲めねぇ訳じゃねぇだろ」
今までの食事の話をすれば、若干呆れたような視線を向けられた。
「お待たせしましたー!」
そんな話をしていると、元気な女性の声と共に香ばしい匂いが届いた。
届いた皿に乗っていたのは、デカい肉の塊とソーセージの盛り合わせ。
油の音と匂いは、仕事後の空腹には暴力的だ。
「冷める前に食えよ」
さっさと自分の分を確保して、イリヤが言う。周りをこっそり見ながら、同じように皿に取った。
「……美味い、な」
「だろ」
一口噛み締めて呟けば、イリヤはこちらに視線も合わせずそれだけ返した。
いつの間にか、エールのジョッキは空になっている。
「おい、エール追加」
でいいな? と聞かれて頷く。たまにはこんな食事も悪くない。
少し濃い味付けの料理と、それを流すエールが進む。久しぶりに飲んだ酒は、張り詰めていた気持ちを緩ませたようだった。
「しっかし、お前どんだけ世間知らずなんだよ」
ケラケラと笑いながら、話は初めて会った日まで戻る。今なら自分がいかに無謀だったかもわかる。
「仕方ないだろ。村から出たことなかったんだから」
「それだよ。どんだけ辺鄙な田舎もんだ」
ぐ、と言葉に詰まる。田舎者なのは認めるけれど。
「お前には、言えない」
「あっそ。別に興味ないけど」
心底どうでもいいと思っているように聞こえた。
それより今日の依頼主だ、と話は二転三転する。イリヤは機嫌良く笑う。
「あの依頼主には参ったな」
「あのクソ女、聞いたら若いやつ囲ってるらしいぞ」
いつの間にかに組合で得た情報をイリヤから聞けば、やっぱりそう言うことかと納得する。
「まあ今日は気に入られてたのはお前ぽいけど」
良かったじゃないか色男、と言われても、全く嬉しくない。
「やめろよ。普段ならお前の方が適任だろ?」
鳥肌が立つ腕を擦りながら言う。我ながら嫌な言い方だと思いながら。
「ばっかだろお前。そもそも俺はあーゆーのに近づかねぇ」
それに、とジョッキをあおって空にしてから、イリヤは口元を歪めた。
「あんなバケモン相手にするほど困っちゃいねぇ」
言われて、そうだろうなと納得する。周りからたまに向けられる視線は、自分だけでなくイリヤにも向いているのがわかる。イリヤはきっと、気付いているけれども気にしていない。
何となく、たまに居心地が悪くなる。
「なんだ、色男がいるって言うから誰かと思えば」
新しいジョッキを持ってきた店員が、気軽にイリヤに声をかける。
「なんだよ、文句あんのか?」
「いいえ? 顔だけはいいものね、イリヤは」
茶色の長い髪を高い位置で括った店員は、笑いながら軽口を叩く。
「だけはってこたねぇだろ」
「口も態度も悪いし背も高くないのに、他にいいトコありますー?」
はっと鼻で笑いながらイリヤに言い返す店員に、イリヤも口元に笑みを浮かべて応戦する。
「言ってろ。お前が色々デカすぎるだけだろサニア」
「そんなことありませんー! ちょっとだけですー」
ねえお兄さんも言ってやってよ、と急に話を振られる。
「え? いやー……」
ずいっと迫られて、少したじろぐ。女性特有の甘い匂いが、酒の匂いに混ざって届く。
「まあ……ちょうどいいと、思うが」
どこが、とは言わない。
「なにそれー」
ケラケラと笑いながら、軽く肩を叩かれる。
そのまま耳元に顔を寄せられ、囁かれた。
「もっと詳しくおはなししたい、な」
柔らかい感触が腕に触れる。酒が回っているせいか、くらりとする。
「いや、それは遠慮しておく」
きょとんとした顔で、瞬きを一つ。次の瞬間、女性はパッと離れてケラケラと笑った。
「あっははー、フラれたかー」
「こいつ堅ぇんだよ」
にやにやと、心底愉快そうに笑いながらイリヤが続ける。こいつ絶対楽しんでる。
空いた食器を持って離れる彼女を見送る。イリヤがにやけた顔のままおい、と軽くテーブルの下で小突いてきた。
「見てんじゃねぇか」
「……悪いか」
何となく気まずく、ジョッキをあおる。
頬杖をつきながらにやにやとこちらを見るイリヤが鬱陶しい。
「ほんっとにお堅いねぇ。その顔でもったいねぇ」
「……その、そう言うことは、軽々しくしてはだめだと、思う」
理解はするけれど。そう言えば、青臭えとイリヤに鼻で笑われた。
「別に、気が乗りゃいんじゃねぇか? 明日にゃどうなってるかわかんねぇんだから」
そう言ってジョッキをあおるイリヤに、まあそれも考え方の一つだとは思った。
自分にはできないけれど。
「別に否定しないけどな」
他人の行動を止めるほどの信念でもない。きっと、イリヤの方がこの世界では普通なのだろうと思う。
「お前こそ、彼女はなしなのか」
「あーあー、あいつは面倒臭えから」
前に懲りた、とぼやく。
「定住してるやつはだめだ。面倒臭え」
別の街に行く前に揉めるのが厄介だと。顔をしかめながら言うイリヤがどこかおかしく、つい吹き出した。
夜風に当たると、火照った熱が冷えるのが気持ちいい。
「たまには悪くねぇな」
店の扉を開けて言うイリヤの言葉に同意する。
フードも今は外していて、黒服に金の髪のコントラストが黒猫のようだと思う。
「しっかし、お前ほんと堅い奴だな」
くつくつと笑いながら肩に手をかけられる。酒のせいだけではない火照りを顔に感じた。
あの後も、何人か声をかけられたのを思い出す。
「ほっといてくれ」
お前も山のような誘いを全て断っていただろう。そう言えば倍の攻撃が返ってくるのも、もう知ってる。
「ん?」
足を宿へ向けようとして、いくつかの視線を感じる。敵意はない。
「ねえ、そこの綺麗なお兄さん達」
またか、と頭を抱えたくなる。
小柄な女性が暗闇に立っていた。
一瞬、イリヤに視線を向けられた気がした。
「どうする」
聞かれても、そんなの答えは決まってる。
「俺は遠慮する」
「はっ、だよな」
そう言うとイリヤは、その女性へ足を進める。
「好きにしろ」
イリヤの背中に声をかければ、振り返ることもなくイリヤは片手をひらひらと振って女性の肩を抱いた。
二人が夜闇に消えるのを見送り、ロイドは宿へ足を向けた。




