零時
家に帰ってからも、悠真は落ち着かなかった。
制服のままベッドへ腰を下ろし、スマホを見つめる。
知らない番号から届いたメッセージ。
崩壊した町の写真。
そして雨宮詩織の警告。
どれも現実味がない。
まるでホラー映画の中に放り込まれた気分だった。
だが現実は変わらない。
朝霧美咲は消えた。
誰も彼女を覚えていない。
それだけは紛れもない事実だった。
机の上に置かれた写真立てへ目を向ける。
小学生の頃に撮った家族写真。
父親と母親。
そして自分。
自然と父親の顔へ視線が止まった。
神崎修司。
十年前に失踪した父親。
当時は理解できなかった。
ある日突然いなくなり、警察も見つけられず、やがて周囲はその話をしなくなった。
だが今になって思う。
もし父親も美咲と同じだったら。
もし誰かに消されたのだとしたら。
そんな考えが頭をよぎり、悠真は首を振った。
考え過ぎだ。
そう自分へ言い聞かせる。
だが胸の奥に残った不安は消えなかった。
気付けば時計は十一時半を過ぎていた。
外では風が強くなっている。
窓ガラスが微かに震え、木々の揺れる音が聞こえてきた。
悠真はカーテンを閉めた。
理由は自分でも分からない。
ただ何となく。
窓の外を見たくなかった。
詩織の言葉が頭から離れない。
『零時になったら絶対に外を見ないで』
あの時の彼女は本気だった。
脅かそうとしていたわけじゃない。
本当に何かを恐れていた。
だからこそ気になる。
何が起きるのか。
何が見えるのか。
知りたい。
だが同時に怖かった。
時計を見る。
十一時五十五分。
あと五分。
部屋の空気が重い。
気のせいだと思いたかった。
だが確実に何かがおかしい。
風の音が消えた。
虫の鳴き声も聞こえない。
近所を走る車の音さえ。
世界そのものが息を潜めているようだった。
悠真は唾を飲み込む。
時計の針だけが静かに進む。
十一時五十六分。
五十七分。
五十八分。
そして。
十一時五十九分。
心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
零時。
その瞬間だった。
世界から音が消えた。
本当に。
完全に。
何も聞こえない。
耳がおかしくなったのかと思うほどの静寂。
悠真は思わず立ち上がった。
そして。
ギィィィィ……
音がした。
爪でガラスを引っ掻くような嫌な音。
窓の方からだった。
悠真の全身に鳥肌が立つ。
ギィィィィ……
まただ。
確かに聞こえる。
誰かいる。
窓の外に。
理性が警告を鳴らす。
見るな。
絶対に見るな。
だが好奇心は恐怖より強かった。
ゆっくりと窓へ近付く。
あと数歩。
あと少しでカーテンに手が届く。
その時だった。
スマホが激しく震えた。
突然の着信に心臓が跳ねる。
画面を見る。
雨宮詩織。
連絡先を交換した覚えはない。
なのに表示されていた。
震える指で通話ボタンを押す。
「もしもし!」
『見るな!』
耳を突き刺すような声だった。
昼間とはまるで違う。
焦りと恐怖が滲んでいる。
『お願いだから見ないで!』
「何なんだよ!」
『まだ間に合うから!』
その瞬間。
ドン。
窓が鳴った。
何かがぶつかった音。
悠真の身体が硬直する。
ドン。
もう一度。
ドン。
ドン。
何かが窓を叩いている。
『聞いちゃだめ!』
詩織が叫ぶ。
だが。
その声より先に聞こえてしまった。
窓の向こうから。
懐かしい声が。
忘れるはずのない声が。
「悠真」
息が止まる。
「悠真」
朝霧美咲だった。
間違えるはずがない。
毎日のように聞いていた声。
その声が。
今。
窓の外から聞こえていた。




