雨宮詩織
校舎裏に吹く風が妙に冷たかった。
神崎悠真は目の前の少女を見つめる。
長い黒髪。
白い肌。
感情を隠すような瞳。
そして彼女は確かに言った。
「朝霧美咲を覚えているのね」
悠真の心臓が激しく脈打つ。
「なんでその名前を知ってる」
少女は答えない。
ただ周囲を警戒するように視線を動かしていた。
「おい」
「声を大きくしないで」
静かな声だった。
だが妙な迫力がある。
「俺の質問に答えろ」
「その前に聞く」
少女は真っ直ぐ悠真を見る。
「朝霧美咲はいつ消えたの」
「昨日の夜」
少女の表情がわずかに曇った。
まるで最悪の答えを聞いたように。
「そう……」
「お前は誰なんだよ」
「雨宮詩織」
それだけ言う。
「同じ二年生」
「聞きたいのはそこじゃない」
「分かってる」
詩織は目を伏せた。
「でも今は言えない」
悠真は苛立った。
「朝霧美咲が消えたんだぞ」
「知ってる」
「みんな忘れてるんだぞ」
「知ってる」
「じゃあ説明しろよ!」
声を荒げた瞬間だった。
詩織が突然顔をしかめる。
苦しそうに胸を押さえた。
「っ……」
「お、おい」
「大丈夫」
そう言ったが顔色が悪い。
額には汗が浮かんでいる。
まるで無理やり何かを抑え込んでいるようだった。
「本当に大丈夫か?」
「……話せないだけ」
「は?」
「ごめん」
それだけ言うと詩織は背を向けた。
そして歩き出す。
「待て!」
立ち止まる。
振り返らない。
「今夜」
小さな声だった。
「絶対に外へ出ないで」
「理由は」
「死ぬから」
その言葉を残し。
詩織は去っていった。
教室へ戻る。
だが授業どころではなかった。
美咲。
雨宮詩織。
神隠し。
失踪。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
放課後になる。
悠真はもう一度スマホを調べた。
SNS。
写真。
メッセージ。
何も残っていない。
本当に美咲だけが消えている。
「ありえないだろ……」
呟いたその時。
背後から元気な声が飛んできた。
「ねぇねぇねぇ!」
振り返る。
小柄な女子生徒。
ショートカット。
大きな目。
満面の笑み。
小日向ひなただった。
「神崎くん!」
「なんだよ」
「聞いたよ!」
「何を」
「昨日の神隠し!」
悠真は固まった。
「は?」
「絶対そうだよね!?」
「いや待て」
「ね!?」
「なんで知ってる」
ひなたは嬉しそうに身を乗り出した。
「だって神崎くん朝から変だったもん!」
「それだけかよ」
「あと校舎裏で雨宮さんと話してた!」
悠真の顔が引きつる。
「見てたのか」
「偶然だよ!」
絶対嘘だ。
「ねぇねぇ!」
「なんだ」
「神隠しって本当にあると思う?」
悠真はため息を吐いた。
「知らねぇよ」
「私はあると思う!」
「そうか」
「絶対ある!」
「はいはい」
「興味ない?」
「ない」
「えー!」
ひなたは不満そうに頬を膨らませる。
だが次の瞬間。
急に真顔になった。
「でも最近多いんだよ」
悠真の動きが止まる。
「最近?」
「うん」
ひなたはスマホを取り出した。
画面を見せる。
そこには。
『三年前に失踪した中学生』
『五年前に消えた会社員』
『行方不明者』
そんな記事が並んでいた。
「ね?」
ひなたが言う。
「この町って昔から神隠しがあるんだよ」
悠真は画面を見つめた。
その中に。
見覚えのある名前があった。
神崎修司。
悠真の父親だった。




