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その5:「それは、欠けている方にしか分からないことよ」

 メンテナンス用の扉を蹴破って、ミカは天井裏のスペースに侵入した。志音が後に続く。

「志音君、大丈夫?」

「は、はい……何とか……」

 天井の低い、配管が縦横に走る狭隘なスペースで、ミカは横座りになった。志音は、彼女の隣で両手両膝をつき、肩で息をしていた。

「ミカさん、凄いですね」

 激しく変形した扉を振り返って、志音は言った。ミカは笑った。

「まあ、生身だけど、アミカナのオリジナルだからね。訓練は受けてるの」

 息をついたミカは、扉の外から聞こえ続ける濁流の音に顔を顰めた。

「それにしても……シオンの予言が当たるなんて、ね……」

「……そうですね……」

 そう言うと、志音は薄暗い空間に空いた四角い入り口に目をやった。

「……二人とも、無事でしょうか?……」

「大丈夫よ。二人とも、私達より断然丈夫だから」

 ミカは明るい声で言ったが、志音は暗い表情のまま俯いた。

「ミカさん……僕……何もできなかった……本当に、何一つ……」

 唇を噛み締める。

「……アミが水に飲まれても……名前を呼ぶことさえ……」

 志音の雰囲気に気付いたミカは、ゆっくりと彼に身を寄せた。

「……あなたが飛び込んでたら、きっと死んでる。いいのよ。あなたはあなたのできることをすれば……」

 優しい口調で慰めるミカに、志音は顔を向けた。

「……僕のできることって……何ですかね?……」

 目を伏せる。

「僕はアンドロイドらしいけど、アミのようなパワーや速さは出せないし……彼女の心の痛みを和らげるような、気の利いた言葉もかけられないし……僕ができるのは……その……ただ彼女の傍に立つことだけなんですよ。支えることすらできない。本当に、ただ、呆然と立っているだけなんです……」

 そう言うと、志音は片手で顔を覆った。

「こんな自分に、価値のあるような気がしなくて……どうしてアミは、僕のことを想ってくれるのか、正直分からないです……」

「……志音君……」

 普段は穏やかな微笑みを浮かべている志音の苦悩する姿に、ミカは胸を締め付けられた。それはまるで、鏡を見てるようだった。自分の価値――それは、彼女自身が探し求め、そして諦めていたものでもあった。

 苦い思いに満たされながら、それでもミカは志音の肩に手をかけた。

「……価値があるから、生きてるんじゃない。生きているから、価値があるのよ……」

 顔を上げた志音に、ミカは微笑んだ。

「この言葉ね、実はシオンに言われたの」

 配管が続く遠くの暗闇へと目をやる。

「私は、ずっとアミカナに負い目があった。不完全な彼女を作り出して死地に赴かせ、自分は安全な場所に隠れているという負い目が……。そして、そんな卑怯者の私に価値なんてないと思ってた」

 そこでミカは志音に顔を向けた。

「……だから、あなたがいることで、彼女が満たされるなら、こんなに嬉しいことはないわ。あなたは、アミカナが欠けている部分を埋めてあげられるもの……」

「……そんな……僕は……埋めてあげられてるとは思えません……」

「……それは、欠けている方にしか分からないことよ……」

 ミカは、志音の肩に載せた手に力を込めた。

「あなたの価値は、アミカナが分かってる。だから、あなたはあなたのままでいいの。彼女の傍に、立っていてあげて」

 志音は俯いた。沈黙が流れる。

「……それで……いいんですかね?……」

 彼の浮かない声に、苦笑した彼女は天井を見上げた。

「分かるわよ。『お前はお前のままでいい』って言われて、すぐに『はい、そうですか』ってなれないってことは。私もそうだもの」

「……ミカさん……」

「……でもね、『そういう選択肢は確かにある』って考えることにしたの。私はね」

 そこで、ミカはしっかりと志音を見据えた。

「いいのよ。無理に納得しなくて。でも、少し考えてみて欲しいの」

 一度目を伏せ、改めて、青い瞳で志音の顔を見つめる。

「……ゆっくりで大丈夫。この世界では、時間はたっぷりあるみたいだから……」

 そう言うと、彼女は腰を上げた。

「さあ、私達も何とかしないと!……」

「ミカさん!」

 思わず志音は声を上げていた。

「何?」

「ミカさんは……その……満たされているんですか?」

 ミカは軽く眉を上げ、そして微笑んだ。

「……そうね……アミカナが満たされているなら、私も満たされるかな?……」

 志音の反応を待たずに、彼女は彼に背を向けた。

「ミカさん!」

「何?」

「出口ならこっちです」

 驚いてミカは振り返った。

「え? 分かるの?」

「フロアマップなら覚えました。この方向で間違いありません。扉が閉まっていたら、ミカさんが蹴破って下さい」

 志音の言葉に、ミカは目を見開いた。

 やがて微笑んだ彼女は、志音の肩に自分の肩を押し当てた。暗がりで顔が近づく。

「……頼もしいわね。惚れちゃいそう……」

「え?」

「冗談! 行きましょう!」

 その時だった。遠くの暗闇に、微かな叫び声が響いた。

「何?!」

 二人は顔色を変えた。

「アミの声だ!」

「叫んでる! どうして?!」

 悲痛な叫び声は、間隔を空けて何度も繰り返された。

「どっち?!」

「こっちです!」

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