代理者!
S級認定魔法少女。
魔法少女統括管理委員会が定めた基準における最高位ランクである。
日本におけるS級認定枠は七つ。
そして、現在のS級認定を受けた魔法少女は七枠の内の四人だけと聞けば、どれだけ認定条件が厳しいか分かるだろう。
そしてそんな数少ないS級魔法少女が滿汐によって顔を合わせていた。
だが、その中の一人魔法少女夜空の名を冠する方波見黒澄はやや不機嫌な声色を洩らした。
「おい。S級指定が下ったんだぞ。待機とはどういうことだ?」
そんな声を向けられたのは、灰色の髪をした少女だった。
少し高い位置に座して足をぶらぶらとさせる少女もまた、S級魔法少女だった。
「さぁ?海月ちゃんわかんな~い」
灰色の少女、魔法少女海月はとぼけるように言った。
「今は貴様に付き合ってる暇がない。答えろ」
「夜空。そんな言い方ダメだよ~。……でも、カイゲツちゃん、教えてくれないかな」
強めの言葉を吐く黒墨に同じくS級魔法少女のナノがなだめるように言った後、加勢するように続けた。
「それに火雨も来てないし」と言うナノの言葉からはこの場に三人しか集結していないことが分かった。
「うーん。まだ待機、かな」
「S級魔法少女が急行しなければ、甚大な被害が出るぞ」
ここまで、S級魔法少女の職務を全うし、発生直後のS級個体の討伐に成功していた。
だが、未だインベーダーは各地で徘徊を続けていた。加えてアベレージはB級を保ち、手が足りない状況だ。
それだけでも厄介と言える状況で、新たなS級指定の情報。海月が待機を言い渡す意味が分からなかった。
「仕方ないでしょ。委員会が待機って言うんだから」
「誰の指示だ。S級への直接指揮権を持つと考えれば会長か、副会長か。まさか、この期に及んで派閥争いに興じてるわけじゃないだろうな」
黒墨は海月を睨むと、灰色の少女はこらえきれずと言った具合に噴き出した。
「ぷっくく、あははは!」と心底面白そうに海月は笑う。
「違う違う。旧中央魔術も旧瑞穂会も関係ないよ。今回の命令は委員会からじゃない、もっと上だよ」
「上……まさか!?」
黒墨が何かを感づくと同時に、ごとりと背後で何かが落ちた。
それは先ほどまで魔法少女春霊ことナノが手にしていたスマホだった。
そして、視線はスマホではなくナノをたどる。
「おそいよね~ホントに。守護者さんは」
そう言って海月が見るのはナノであり、黒墨も同様だった。
だが、何かが違う。何かがナノの中に入ったのだと直感する。
「代理者」
プロフェット、預言者とも呼ばれるその存在は、ガーディアンに深く関係する存在だ。
ガーディアンは魔法少女と言う仕組みを整え、魔法少女がインベーダーに対抗する。
そんな関係の中で、ガーディアン側からの意思の疎通は巫女としての機能を持つ魔法少女に降ろすことでなされる。
プロフェットと言うのは魔法少女につく使い魔と同種のものであり、分裂によってさまざまな自我を獲得したそれらと比べると真にガーディアンに近いモノと言えた。
とは言え、ガーディアン本体ではないと言うのは世界強度同様に器となる魔法少女の耐久度に起因している。
そして、ガーディアンの代理者とも言えるプロフェットに耐えうるほどの肉体はS級に限り、尚且つ細かな条件を満たすのは現在においては魔法少女春霊だけだ。
そんな本人であるナノに異常を見れば、おのずとそんな言葉が出た。
「魔法少女夜空、魔法少女海月。S級情報アクセス権を確認……承認」
酷く無機質な声は機械的にそう言った。
そして。
「──諸君。おはよう」
ナノの姿をしたそれは随分とゆったりとそう言った。
その言葉こそが、プロフェットであると示していた。
「……挨拶はいい。S級指定が発生している状況で待機とはどういうことだ」
黒墨は一刻を争う状況に間髪入れずに質問を突き付けた。
だが、対してプロフェットは焦る様子はない。
「魔法少女夜空、安心してくれていい。現在、S級指定が出ているインベーダーは実際にはS級ではない」
「なに?」
プロフェットの言葉に黒墨は声を低くする。
「我々が反応を観測した魔眼を確認するための策の一環だ」
「……どういう。詳しく話せ」
突然飛び出した魔眼というワード、そしてその策と言う言葉に理解が及ばない。
「以前より、我々は天坂地区でとある魔眼の存在を掴んでいた」
語りだしたその言葉にやはりすぐには反応できなかった。
「魔法少女夜空も知っているだろう。精霊魔眼の一つ、赤の魔眼だ」
その言葉についぞ、黒墨は理解が追い付く。
魔眼には二種存在する。
精霊魔眼と呼ばれるそれと、通常の魔眼と呼ばれるものだ。
もっと正確に言うのなら、精霊魔眼と言うのは通常の魔眼から逸脱したわずかばかりの存在だった。
「赤の魔眼……。っ魔眼」
不意に黒墨の頭の中に一人の少女が思い浮かぶ。
魔法少女コフィンの姿だ。
先日の接触から魔法少女コフィンこと比果比五子が魔眼の所有者を探しているそぶりを見せていているのを感じていた。
彼女の手法は認識阻害の不完全さゆえの魔眼所有者の判別する方法だった。
通常認識阻害というのは魔法少女であればその才覚にかかわらずある一定のボーダーを超える。正確に言うのであれば魔法少女の素質を持つものであれば、認識阻害の効果は同じ魔法少女に看破されないだけの効果を発揮するのだ。
ただ、それをあえて粗雑なものにすることによってコフィンは魔眼に対する篩とした。
実際のところ彼女の粗雑な認識阻害は魔眼にかかわらず魔法少女であれば看破することは可能だ。
しかし、それは能動的に彼女の認識阻害の効果を疑いレジストすることによりやっとなされるものである。
対して、魔眼と言うのは「視る」力によって意図せずとも彼女の認識阻害を突破してしまう。
これが適応されないのであれば、数百年も昔の神秘を操るものたちだけであろう。ことかつての巫女に並ぶ術士の類のものたちの認識阻害に対する力は今日とは比較になるものではない。
それは、現在の魔眼の発現率の減少を見れば自明の理と言えるほどだ。
仮に、魔法少女であれば誰でも看破しうると言う人物がいるとすれば、その時代に生きたものだけだろう。
だからこそ、コフィンの認識阻害の活用法は現代においては最も労力をかけずに魔眼の識別を行うことができるものと言えるだろう。
そして、彼女がそんなことをする理由が今になって黒墨にはわかった。
当初、黒墨は魔法少女コフィンの狙いを「観測魔眼」およびこれに関連する情報を探ることではないかと予測を立てていた。
だからこそ、情報の入手は委員会内部からではなく、独自のルートにより得たものであると考え一目置いたのだ。
しかし、彼女の目的が観測魔眼でなかった場合……。そもそも彼女が得た情報が独自のルートなどではなかった場合、黒墨の認識は大きく違う可能性が出てきた。
なんとなく委員会施設地下で観測魔眼を前にしてナノに黒墨はコフィンの情報の出所の問いをした。
無論酷く抽象的で、伏せた情報の中でした問いに彼女は情報の出どころは委員会だといった。
これは、真っ先に黒墨が否定した論理であった。
『……よくわかんないけど。委員会の人と仲良しだったら、とか?』
ただ、どうにものその言葉が黒墨の中で引っかかった。
そして今になってその言葉はある種真理であったと思い至る。
魔法少女コフィンは魔法少女統括管理委員会副委員会長である森峰と繋がっている。
いくつかの推論は黒墨にそんな結論を出させていた。
当初、魔法少女コフィンはランキングに現れるのと同じくして、A級32位という地位を得ていた。
これは本来あり得ないことと言えた。
ランキングのシステムの制度としてどうしたって最下位から始まる。
いくら一瞬でランキングを駆け上がろうと、だ。
そして、似たような現象が起こったのは過去に数度だけ。
委員会内部の人間が魔法少女登録以前に力を押しはかり、意図して途中の順位から始めさせた時だけだ。
当時は同じ様に疑問を持たれていたが後に、委員会内部からの力がかかっていることが実際に黒墨が魔法少女として活動していく中で判明した。
よって、今回がどうようの場合であることを考えると疑わしいのは森峰副会長だけだった。
現在はランキングの直接的なアクセスと改変は秘匿されているが権限は会長と副会長にしか付与されていない。
加えて、天坂ですぐに情報を秘匿したまま行動をなせるのは、森峰だけと言えた。
天坂地区を管轄とするのは旧瑞穂会で森峰の側近をしていた男だったはずだ。魔法少女コフィンを取り込むにしても、彼女を見つけるに至るまでに起こったであろうインベーダーの無断討伐に類する諸々の問題を隠蔽していることを隠しながら、組織内で問題になっていると嘯けば容易だろう。
そして、強力でありながらS級よりも運用のしやすい彼女に対して精霊魔眼の存在をキャッチして探りを入れさせる。
森峰もいまだに会長の席を狙う女だ。派閥の拡大のためにコフィンを取り込んだこともそうだが、ガーディアン側への優位も欲しいのだろう。
黒墨の中で、魔法少女コフィンの存在が明瞭になっていくのがわかった。
だが、今はこの疑問を晴らす場面ではない。
今回の事態にプロフェットの言う赤の魔眼がどう関わっているかを聞き出すことが先決と言えた。
「我々は、精霊魔眼の所在を突き止めたい。多少の無理をしてでもだ。わかるだろう」
その言葉に、黒墨は思考の海から引き戻される。
「よって我々は、今回の滿汐を利用した」
「……」
プロフェットの瞳が怪しく光った気がした。
「我々は、器に値する天坂の魔法少女を選出した。今回天坂地区におけるA級上位の三名だ。魔法少女翠冷、魔法少女竜星、魔法少女雪砂の三名を図るために今回の滿汐はA級上位にも対応に当たらせた」
今回の滿汐はA級上位にも、事前にその存在が知らされていた。
今までの滿汐から考えると少なくとも黒墨は経験した事のない事態だった。
表向きの目的としては今までにない世界強度の高まりとインベーダーにS級が対応仕切れないだろうと予測されてのもので、実際問題、質ではなく数と言う意味でこの判断は功を奏していた。
だが、プロフェットの話す目論見から推測するに、精霊魔眼を有すると考えられる三名の様子を見るためのものであったわけだ。
ただ、プロフェットは当初の目論見とは違うと言った。
「しかし、実際ことが起こって精霊魔眼を持つのは以上の三名ではないとわかった」
「どういうことだ」
「滿汐は世界強度を上げることによるインベーダーの襲来。元来インベーダーの出現時に周囲の精霊の反応が強くなるのは知られているが、精霊そのものと言える精霊魔眼も同様だ」
「精霊が泣く」とも表現されるそれは、通常の魔眼とは違い精霊そのものがすぐうだけに精霊魔眼の反応は顕著だ。
「これにより我々が精霊魔眼の所有者であると判断したのが魔法少女朝桜、綾谷もみじの存在だ」
「綾谷もみじだと」
黒墨は同じ学校に通っているだけに、彼女のことは知っていた。
だが、魔眼を、いや、精霊魔眼を有していると考えていなかった。
今思えば、比果比五子の少ない人間関係の中に彼女が存在していたことを思い出した。
「だが、こちらが赤の魔眼を確認するためには、少し強引な手法を取らなければならなかった」
「器への過度な損傷か」
「そうだ。自覚のない精霊魔眼所有者に魔眼を発現させるには、その方法しかない」
精霊魔眼は、通常の魔眼とは違い精霊が宿っている状態だ。
その精霊を表に出す方法の一つが宿主を攻撃する方法だ。過度な損傷は共生する精霊にとって危機的な状況であると判断され、防衛反応を表すことになる。
「だが、極力秘匿して行うべき事態だ、よって、我々は発生したA級指定個体に一時的にS級指定を出した」
「S級指定を出せば、周囲の人間はいなくなる。今配信が不具合により停止しているのはお前らの仕業か」
「ああ。ことが終われば、各種不具合は改善され、S級指定も誤りであったと修正されるだろう」
淡々と紡がれるその言葉に舌打ちをした。




