72.親友との女子会にて
「それで、仕事はどうなの?」
美しいプラチナブロンドを指でくるくると巻いて弄びながら、ユーフェミアは切り出した。
「うーん、学生時代にやっていたことと変わりないわね」
王都キルトフェルムの一角にある、貴族御用達のカフェの個室。
そこに、イルヴァはユーフェミアと2人で来ていた。
イルヴァが珍しく誘って、実現したお茶会だ。
「どんな魔法理論を研究するかは、あらかじめ決められているの?」
「新人は基本的にそうね。ただ、私の場合は、初日に使った魔法で騒ぎになったから、それを研究してるわ」
にこやかに話を聞いていたユーフェミアだったが、突然真顔になり、すっと手を上げた。
するとそばで控えていた侍女が、盗聴よけの防衛魔法を張った。
そしてユーフェミアと目配せを交わし合うと、静かに部屋の外に退出して行った。
イルヴァは誰も連れて来ていないので、部屋に2人だけだ。
無論、扉の向こう側にはライスト家の護衛が控えているが。
「自分でやらないのね」
「仕事を振ることも上司としての仕事よ。あなたはなんでも自分でやりすぎだわ」
「耳が痛いわね」
イルヴァは他人に仕事を依頼するのは得意ではない。自分でやったほうが安心できるからだ。
ユーフェミアはその点、自分でできることも積極的に人に任せる。
彼らの仕事を無闇に奪わない、という、貴族としてのお手本のような考えである。
「まあ、話が込み入って来たら、あなたにも上掛けをお願いするわ」
ユーフェミアは目の前に用意された紅茶に口をつけ、小さく息をついた。
イルヴァも紅茶を口に運ぶと、ふわりとした花の香りが広がった。甘味と酸味のある味だ。
「それで、おおよそ聞いているけど、古樹森林帯では何があったの?」
その質問に答えるには、やはり他人が構築した防衛魔法では心許ない。
イルヴァは静かに防衛魔法を張り直した。
ユーフェミアは魔力に覆われていく様子を見て、すっと目を細めた。
「あなたはどこまで聞いたの?」
「古樹森林帯に霧光の鹿が現れた話よ」
「出現ルートについては?」
「出現ルート?」
ユーフェミアはおうむ返しをした後、考え込む様子を見せた。
そして、数秒の沈黙の後、ハッとした様子で顔を上げ、こちらを見る。
「まさか……人為的なの?」
「おそらくは、ね」
肯定すると、ユーフェミアは息を呑んだ。
「つまり……それが流布してないということは、握りつぶされてるの?」
「ううん。確証はないから、報告はしてないの。見たのはエリアスと私だけだから」
「それ……私が聞いても平気?」
平気かと聞かれると微妙なところである。
知らない方が無駄な争いに巻き込まれないだろう。
「できれば、あなたの意見が聞きたいの」
イルヴァは手元のカップに視線を落とし、躊躇いがちに言った。
「でも、むしろ、あなたが聞きたくないのであればーーー」
「ーーーそんなことないわ。珍しくあなたが頼ってくれるなら大歓迎よ」
食い気味に言われて、ハッとして顔を上げる。
ユーフェミアの青い目とパチリと目があった。
彼女はふっと笑顔を作ると、テーブルの上にあった棒状のお菓子の皿をイルヴァの前に置いた。
促されるまままにそれを食べると、サクッとしたクッキー生地と、そのまわりを取り囲むチョコの甘さが広がる。
「私といるのに緊張しすぎよ。肩の力を抜いて」
お菓子は緊張をほぐす目的だったようだ。
確かに少しだけ、肩の力が抜けた気がする。
「それにしても、あなたがそんなに言い淀むなんて、よほどのことなの?」
ユーフェミアはそう言いながら、自身も棒状のお菓子を口に運んだ。
「魔物は、魔孔と召喚魔法で人為的に呼び出されたと思っているわ」
ズバリと本題に切り込むと、ユーフェミアの食べていた棒状のお菓子が彼女の手から落ちた。
「……待って。召喚魔法……というのも気になるけれど、魔孔が人為的に? 王都のど真ん中にでも出現させられると?」
「魔法の構成をそこまで鑑定できていないけれど、可能だと思うわ」
「市街地に 霧光の鹿が出現したら……。被害の大きさは、想像したくもないわね」
シュゲーテルは戦闘魔法をベースに発展してきた国だ。特に王都の防衛力は、ほとんど魔法力といっても過言ではない。
そのため、魔封じ領域になったら、防衛機能が崩壊するのは目に見えていた。
「報告していないのは、まだ推測の余地だからなの?」
「というより、術者を取り逃がしたの。黒幕が見えていないのに、無闇に話を広げても火消しされるだけよ」
実のところ、リングダールにどこまで報告するかは悩んだのだが、エリアスと協議の結果、人為的であることを伏せて、魔孔から出てきていたことだけを伝えたのだ。
「それで、私の見解を知りたいというのは?」
「当日、私が監督官になったのは、イレギュラーな動きだったの」
「……なるほど? あなたが狙いなのではないか、という仮説があるのね」
ユーフェミアは政治的なセンスのある友人だ。一を言ったら十を知ったようだ。
話が早くてありがたい。
「実は、小耳に挟んで気になったことがあるのよね」
彼女は思い出すように斜め上に視線をやり、そして一口、目の前にあったクッキーを齧った。
「気になったこと?」
「宰相が、レンダール公爵に謝っていたらしいわ。王宮の魔法兵団の会議の後でね」
宰相といえば、メガネの男性だ、ぐらいの印象しかない。
政治的手腕はあるらしいが、国王の忠実な部下であり、フェルディーン家とは相容れない相手である。
「理由は?」
「ご子息を古樹森林帯での研修に推薦したせいで、霧光の鹿戦に巻き込まれて申し訳ないと」
「……宰相が、エリアスを推薦? 実は狙いはエリアス?」
その可能性に思い当たって、イルヴァは胸の奥が冷えるのを感じた。
自分の身の危険は看過できるが、エリアスの危険は見過ごせない。
しかし、身構えたイルヴァの反応に、ユーフェミアは呆れた様子で首を振った。
「事はそんなに単純ではないわ。私はあなたが狙いだったという仮説のままで良いと思っているの」
「ではどうしてエリアスが?」
「レンダール様がいれば、事件が起きないと宰相は考えていたのではないかしら?」
何度か瞬きをして、落ち着くために紅茶を口に運んだ。
そして、思考の整理をするために状況を口にした。
「エリアスがいれば事件は起きないということは……エリアスには手を出したくない人間が主犯、だと宰相は思っているということ?」
「そうなるわね」
「でも、主犯がわかっていて事件を止める意思があるのなら直接止めれば良いのでは?」
「事件が起きる可能性を感じていただけなのかも」
「……もしそうだとして、事件が起きる可能性を感じたのは……私が監督官として古樹森林帯に行くことになったから?」
「そう考えるのが自然ね」
ユーフェミアはさらりとそういうと、防衛魔法の中にいるというのに、少しだけ声をひそめて言った。
「つまり、あなたに危害を加えたい人間ということよ」
イルヴァのことを嫌っている相手というのは、意外とあまり思いつかない。
嫌われるほどの人間関係がないからだ。
「何で恨みを買ったのかしら」
「そうね……イルヴァは恨みを買うほど深い人間関係がないから、恨んでいる人は多くなさそうだけれど」
ユーフェミアも同じ意見のようだ。
そこでふと、エリアスが言っていた犯人の人物像を思い出す。
「特に、下位貴族や裕福な平民に恨みを買うほどの繋がりはないと思うのだけれど」
「……下位貴族? どうしてそう思うの?」
「召喚魔法の術者と、その近くにいた魔法師は、探知して眠らせたの。でも、その場に行ったら誰もいなくて……おそらく、魔力がとても少ない人間がいて、その人物が回収したのだと思うの。だからエリアスが、付き人に魔力の少ないものを採用せざるを得ない、下級貴族なのではと」
話を聞いてユーフェミアは難しい表情になった。
小さく何かを呟きながら考えているようだが、何を言っているかはわからない。
ユーフェミアが考えている間、手持ち無沙汰になったイルヴァは、目の前にあるシュークリームに手をつけることにした。
一口サイズのシュークリームにフォークを刺して口に運ぶ。
この小さな皮の中にたっぷり入ったカスタードクリームが口の中で広がった。
「おいしい」
思わず呟くと、考え終わったらしい、ユーフェミアがやや呆れた様子で口を開いた。
「シュークリームに夢中になっている場合じゃないわ」
「さっきはリラックスしてと言ったのに」
「さっきはさっきで、今は今よ」
ユーフェミアはそこで一度言葉を切ると、身を乗り出してイルヴァに近づいた。
そして、小さい声でささやく。
「1人、思い当たるわ」
「本当?」
防衛魔法の中なのでささやく必要はないが、イルヴァも合わせて声を落とした。
「誰なの?」
イルヴァが問うと、ユーフェミアは手招きした。それに応じてイルヴァも身を乗り出すと、ユーフェミアが先ほどより微かな声でささやいた。
「アマルディア殿下……の可能性は?」
思っても見なかった大物の名前に、どくりと心臓がはねた気がした。
同時に、自身の防衛魔法を確認する。
盗聴よけは無事、効いているようだが、落ち着かない。
「どうして、そうだと?」
確かめてもなお、イルヴァは小さな声で問いかけた。無意味な行動なのだが、なんとなく堂々と話しづらいのだ。
「あなたを恨んでいて、レンダール様がいれば、魔物騒ぎを起こさないという行動原理に辻褄が合うわ」
「でも、そうなると殿下が付き人に魔力の低い人を選んでいると?」
「殿下は魔法が苦手なの。魔法師を嫌っていると聞いたわ」
そういえば、アマルディアと一緒に来た侍女は、魔法の素養がないように見えた。
戦闘経験がなくて呆然としていたのかと思ったが、魔力が低くて、アマルディアとイルヴァの魔法の応酬についていけなかったのかもしれない。
「でも……個人の恨みのために古樹森林帯に魔物を? 王都が崩壊するかもしれないのに、そこまで後先考えないかしら? 王族なのよ?」
「あなたが特別昇格と王命特任位を与えられてなければ、そうは考えなかったのだけれど……」
「それがどう関係が?」
「宰相は陛下の腹心の部下よ。つまり、陛下は殿下の行動を止めたかったけれど、結果的に止められなかったから、あえてあなたを表彰したのでは?」
てっきり嫌がらせかと思っていたが、確かにそう言われると腑に落ちるところもある。
ただ、アマルディアが主犯だというユーフェミアの推理には、まだ納得しきっていない部分もある。
彼女が犯人だとすると、あまりにも後先考えない作戦なのだ。
民を守るべき王族としての一線を、そんなに簡単に超えるだろうか。
「てっきりエリアスとの結婚の邪魔をされただけかと思ったのだけれど……」
「あら、1年以内に結婚しようと思っていたの?」
さっきまで暗い雰囲気だったユーフェミアの表情がぱあっと明るくなった。
「ちょうど、特任位に任命される前に、早く結婚しましょうという話をしたの」
「そうよ! 今日のテーマは恋の話だったわ! 陰謀について話している場合じゃなかった」
イルヴァの恋話より、陰謀についての議論の方がよほど重要だが、それは言わないでおくことにした。
おおよそ、知りたい話については聞くことができたからだ。
「レンダール様と進展があったの?」
「進展というより……そうね、何から話そうかしら」
「全部よ! 全部」
さきほどと打って変わって明るく楽しげなユーフェミアの様子に、イルヴァは思わず微笑んだ。
そして、イルヴァはユーフェミアの望み通り、古樹森林帯の出来事を通して、エリアスの気持ちを受け止めたことと、過去のことを打ち明けたことを話した。
「……とこんな感じよ」
「……愛されてるわね。私は紅茶は砂糖が欲しいのだけれど、今ならストレートでも飲めるかもしれないわ」
ユーフェミアはそういいながらも、しっかりと砂糖入りの紅茶を口に運ぶ。
「そう思う?」
「味方の全軍を敵に回してもあなたを助けに行く、なんて一度は言われてみたいセリフじゃない。素敵だわ!」
あの時は状況が緊迫していて、心を揺らしている余裕がなかったが、平常時に聞けば心ときめくセリフである。
「そうね……エリアスが私のことを好きだというのは、その言葉で理解できたもの」
「イルヴァはどうなの? レンダール様への気持ちに変化はあった?」
「そうね……死んでほしくないとは思ったわ。もちろん誰に対してもそうなのだけれど、なんというか……」
「特にそう思うと?」
「……多分」
曖昧な答え方をしたイルヴァに、ユーフェミアは穏やかに微笑んだ。
「まあ、焦らなくていいわよ。まだ結婚までに一年はあるのだから」
「そうね」
「それより……相談事って、なんだったの? 恋の相談事があるのでは?」
手紙に書いた日のことを考えて、イルヴァはようやくシャルロッテのことを思い出した。
「ジルベスターの妹でリズベナーの公女のシャロ……シャルロッテ様が、お兄様を好きらしいの」
「あら! 恋人だったり婚約が内定しているわけではなかったの? とても仲睦まじかったから、そうなのかと思ってたわ」
「そう見えた? ユフィから見て、お兄様は、シャロに好意がありそう?」
「あるわよ」
「そうよね。私もそう思ってはいるんだけど……シャロに手伝って欲しいと言われて、困ったのよね。私、お兄様の好きなものや女性の好みなんて全く知らないのよ。本人に聞くべきでもないでしょう?」
イルヴァがどうすべきだと思う、と話を続ける前に、ユーフェミアはあっさりと言った。
「それなら簡単よ。私の方で調べて送るわ」
「え? お兄様の情報を?」
「イクセル様は私たちの同期にも人気のある方よ。独身貴族で当主になると決まったんだもの。好きなものも過去の恋愛事情も、調べようがいくらでもあるわ」
どうやって調べるのか気になるが、たしかにイルヴァが本人に聞いたり、フェルディーン家の人間に聞くよりは、バレづらそうだ。
「じゃあお願いしてもいいかしら?」
「もちろん」
ユーフェミアはそういうと、唐突に立ち上がった。
「どうしたの?」
「そろそろ時間なの」
「あ、予定があるのね。今日はありがとう」
イルヴァは話しながら防衛魔法を解除した。
「いえいえ。私も楽しかったわ。また会いましょう」
ユーフェミアはそういうと、扉を自ら開けた。
「お待たせしました」
そして、扉の外に声をかける。
その言葉遣いが、侍女や護衛への者ではなく、違和感を感じて扉の方を見た。
そして、彼と目があった。
「迎えに来たよ、イルヴァ」
「……エリアス?」




