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イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
4章 研修と陰謀の序章

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69.噂には噂の上塗りを

「どうしてこんなことに……?」


 イルヴァ・フェルディーンは、多くの目に見守られながら、魔法銃を構えていた。

 左腕には魔封じの腕輪。


「そりゃあ、魔封じ状態の克服は、魔法師の夢だもの」


 隣に立つイングリッドが歌うように言った。

 彼女はすでに魔封じの腕輪をして、魔法銃を撃てないことを確かめた後である。


「そこまで大したものではないですけどね」

「いやいや、大したものよ」

「……では、行きますね」


 流石のイルヴァも、雑談しながら撃つのは難しい。

 前置きしてから集中すると、立て続けに3発撃った。


 魔法銃の発砲音と共に、背後から歓声が上がる。

 模擬トーナメントの決勝戦並みの歓声に、イルヴァは思わず後ろを振り返る。


 イルヴァたちがいるのは、魔法兵団の訓練所で、魔法銃の的があるエリアだ。

 

 魔法銃を撃つ位置には、高いテーブルが等間隔で並び、そこに備品を置いたりできる。

 発射位置より後ろは練習を見ることができる椅子があるのだが、常とは違って満席だった。

 

 そして、そこにいる観客全員の視線がイルヴァに向いている。

 

「ちなみに、普通の魔法は撃てないの?」


 イングリッドに問われて、的の方を向きながら答えた。


「小さい魔法ならできなくはないですね……やってみましょうか?」


 実は昨日、家で少しだけ練習し、小さな水の玉ぐらいなら出せるようになった。

 実践で使えるレベルでないので、意味はないが、ショーとしてはちょうどいいかもしれない。


「やってちょうだい!」

 

 イルヴァはもう一度集中して、水の魔法を省略式で構成していく。

 魔法銃より起動に時間はかかるが、小さな水の玉を的に向かって打ち出した。

 水の玉はまっすぐと飛んで、的に当たって弾ける。


 すると再び後ろから歓声が上がった。

 

「すごい! これ、私にもできるかしら?」

「魔法銃の方が簡単です」


 イルヴァは説明しながら、魔封じの腕輪を外してイングリッドに渡した。

 

「理論としては、魔封じ状態で乱されている魔力の流れを読んで、乱される前提で魔法式を組み上げるものなので」

「つまり、魔法式の構造が単純なものほど良いのね」

 

 さすが、魔法理論の研究所長だけあり、イングリッドは飲み込みが早い。

 

「まずはどうするの?」

「えーっと……魔力を少し流して、乱れ方を観測してください」

 

 イングリッドは頷くと、目を閉じてしばし黙り込んだ。

 

「……ふむ……」

 

 何やらぶつぶつと呟きながら、試行錯誤しているようだった。

 その様子を見守っていると、ポンと肩をたたかれた。

 振り返ると、リングダールが立っていた。昨日の今日だからか、やや疲労を残しているように見える。

 しかし、彼はそんな中で柔らかい表情を浮かべた。


「昇格おめでとう」

「あ、ありがとうございます……」


 目的を忘れかけていたが、昇格理由を上書きするためにここにきたのだった。


「どうしてこんなに急に昇格が決まったかご存知ですか?」

「昨日、私から軍上層部に報告をあげ、陛下の耳に入り、陛下が即決されたと聞いている」

「ご自分の手柄にしなかったのですか?」


 そもそもリングダールが自分の手柄だと報告していれば、イルヴァが目立つのは避けられたはずなのだ。

 そんな恨み節を込めて問うと、リングダールは苦い顔をした。

 そして彼は防衛魔法を展開した。隠蔽付きのもので、ぱっと見は盗聴避けをしているのが分からないだろう。


「フェルディーン卿の力も密かに借りてギリギリ戦線を維持した私が、君の戦果を横取りするとでも?」

「私も兄も全然気にしませんよ」

「フェルディーン卿には口止めされたのでそのようにした。君には何も言われてないので、事実を報告したまでだ」

「……兄の政治力を見習うべきでしたね」


 兄イクセルがまさか、自分のことだけ口止めをしているとは。


「君は昇格意欲はなかったみたいだな」

「研究職で不自然に上がっても面倒ごとが多そうですから」

「なるほど。それで、魔法技術の証明のためにここにきたのか」


 リングダールは防衛魔法を解除しながら、納得したように頷いた。


「……いえ、証明したいのは研究者としての能力なんですが……」

「……なるほど。研究者として評価されたい、と」


 リングダールのその言葉に頷くと、彼は困った顔をした。


「新魔法理論の方を強調したいなら、イングリッド・オーケルバリが苦戦する様子を見せるのは悪手なのではないか?」

「え?」

「彼女は同期の中で最も体系魔法に優れた魔法師だ。君と同じで、魔法兵団のスカウトを断って研究者になった」


 その先は言われずとも理解できた。

 イングリッドはまだ、1発も魔法銃を撃てていない。


「イングリッド所長のアイデアだったのですが……」

「彼女も、君と同じで自分の魔法技術に無頓着なところがある」


 残念だったな、とリングダール大佐が慰めるように言った時だった。


 魔法銃の発砲音がその場に響き渡り、背後からどよめきが上がった。

 イングリッドが成功したのだ。

 彼女は魔法銃をテーブルに置くと、後ろを振り返ってはしゃいだ様子で言った。


 ーーーしまった。発動の瞬間を見逃した。


「見た!? できたわ!」

「あの、もう一回やってみてもらえませんか? 魔力の流れを客観的に観察したくて」

「もちろん!」


 幸いにも、快く引き受けてくれたので、今度こそイングリッドの魔力の流れに集中する。


 魔封じ状態での魔力の乱され方は一定のリズムがあり、イングリッドはそれを逆手に取って魔法式を構築していく。


 よく見ると、魔法銃を起動する魔法式が、イルヴァの知っているものよりも簡素だ。


 ーーーなるほど、省略式より省略する方法があるのか……。


 彼女は今ある魔法式ではなく、さらに簡素化したもので起動を試みたようだ。

 そして、魔力が注ぎ込まれた魔法式が完成し、銃声がその場に鳴り響いた。


「どう? 何かわかった?」

「魔法銃の魔法式をあんなに簡略化するなんて素晴らしいです」


 率直に褒めると、イングリッドは驚いた様子で目を丸くし、そしてふっと笑った。


「あら、バレた? さすがね」

「他の魔法もより簡略化の余地はあるでしょうか? 魔力の消費効率は悪くなると思いますが……」

「面白いわね。研究してみたいわ」

「ちなみにご気分は悪くないでしょうか?」

「うーん……まあ、ちょっと船酔いしたぐらいの気持ち悪さはあるわね。これ、気持ち悪くならないようにできるのかしら?」

「そこは今後の研究課題ですね」


 イングリッドは魔封じの腕輪を外して、テーブルに置いた。

 しかし、その後少し迷って、もう一度手に取り、リングダールに向かって差し出した。


「あなたもやってみる? この訓練が魔法兵団に必要か分からないけれど」

「興味はある」


 早期卒業試験の時のやりとりよりも砕けたやり取りだ。あの場は公な場だったが、ここは訓練場だから良いのだろうか。


「ただ……彼女の目的とは相反しそうだがいいのか?」


 リングダールの視線がこちらに向いた。イングリッドはその指摘を受けるまで、本来の目的を忘れていたようだ。


「目的? あ、研究者として評価点を作る話ね……。あなたが、私より早く撃てばいいんじゃないの?」


 なるほど、それは妙案だ。イルヴァは2人の会話を聞きながらあることを思いつく。


「できると思っているのか?」

「できないの?」

「君のそういうところが、学生時代から嫌いだ」


 この言い方から察するに、リングダールはイングリッドより時間がかかると思っているのだろう。

 ただ、それはイルヴァが介入すればなんとでもなる話だ。


 イルヴァは隠蔽付きで薄く防衛魔法を展開した。


「リングダール大佐がよければ、手伝っていただけませんか?」

「手伝う?」

「私が大佐の魔力操作に干渉しますので、すんなり撃てた演技をお願いします。おそらくですが、私が一度手伝って、感覚を掴めば、そのあとは簡単に撃てるかと」


 リングダールはイルヴァの言葉に目を見開いて驚いた後、低い声で唸るように言った。


「君は……自分が何を言っているか分かっているのか?」

「分かっているつもりです。魔法技術ではなく、理論に着目してもらうには、魔法兵団の方が上手く扱える印象を残す必要がありますから」


 イングリッドよりあっさりと習得したように見えれば都合がいい。

 それは彼女が提案したことだ。


 だからイルヴァもそれに倣ったのだが、リングダールは渋い顔をして、イングリッドは声を上げて笑い出した。


「ははっ! もう、これだからイルヴァは面白いのよね。ほら、やってあげなさいよ。彼女に借りがあるでしょう?」

「……より屈辱的な気もするが……仕方ない」


 どうやらリングダールのプライドを傷つけてしまったようだ。

 それでも、彼はやってくれるらしい。


 魔封じの腕輪をつけて、魔法銃を構えた。

 そして試し撃ちをするべく魔力を流す。


 数発分待った後、イルヴァはリングダールの魔力に介入して、魔法式を描いた。


 それと同時にリングダールの手の中にある魔法銃から、白い閃光が放たれた。


 時間にして数十秒の試行錯誤だったためか、観客席は、一瞬静かになった後、銃声など比にならないレベルで大騒ぎとなった。


 目論見は成功したらしい。


 そのあと、リングダールは再び魔法銃を構えた。

 イルヴァが手伝った時よりは、時間がかかったものの、素早く魔法式を構築し、自力で魔法銃を撃つことができた。


 イングリッドはパンパンと手を叩くと、満面の笑みで言った。


「お見事だわ。新魔法理論の実践へのご協力ありがとう」

「ありがとうございます」


 イングリッドに続いて礼を言うと、リングダールは渋々と言った様子で頷き、そして念を押した。


「これで、貸し借りなしだ」


 イルヴァは特に貸しを作った気はなかったのだが、返してくれるというなら返してもらうでよいだろう。

 無駄に貸しを増やす必要はない。

 イルヴァはその場では返事をせずに濁すことにした。



 *****


 そうして、噂に噂の上塗りをしたその日の仕事帰り、エリアスに誘われて一緒に帰路についていた。

 今日はレンダール家の車で、隣り合って座っている。


「お疲れさま。昨日の今日で派手にやったね」


 あの場では気づいていなかったが、エリアスも先ほどの魔法銃の実演を見ていたようだ。


「仕方なかったのよ。少佐昇格の理由の印象を変えたかったから」

「……気をつけてね」


 エリアスの声がグッと低くなった。

 その言葉は、奇しくもイングリッドに言われたものと同じだ。


「……あなたも、この昇格に陰謀めいたものを感じる?」

「そうだね。イルヴァは僕のせいで王家に反感を買ったはず。でも、陛下自ら君の昇格を決めた。それを伝えたくて待ってたんだ」

「陛下自ら?」


 それが本当だとしたら、確かに不可解だ。

 エリアスとアマルディアのことがなくても、王家からフェルディーン家は好かれていない。

 それなのに、イルヴァを特別昇格させるとは、何か企みがあると疑うのも仕方がないことだ。


「理由は分からないけれど……純粋にイルヴァを讃える意図ではないと思う」

「私を昇格させて、陛下に理があるかしら? 結婚を邪魔するのに、昇格は関係ないわよね……?」


 兄であるイクセルの帰国を邪魔して、イルヴァを正式な後継者にしようとしたぐらいだ。

 婚姻の妨げになるのであればそのぐらいはしそうな気がする。


「イルヴァの階級がどうあれ、当主の後継者でなければ問題ないはずだよ。とはいえ……義兄上の身辺警護も強化した方がいいかもしれない」

「警護を?」

「考えたくはないけれど……義兄上を排除すれば、という考えはあるかも」


 遠慮がちに言われた言葉に、なるほど、と頷いた。


「……ということは、早く結婚した方がいいわね」

「! いいの?」


 エリアスがぐいっと近づいてきて、イルヴァの左手に手を重ねた。

 どことなくはしゃいだ雰囲気がある。


「結婚はまだもう少し時間が必要かと思ってた」

「ほとんど話したいことは話せたから。……一部、黙っていることについては、父と母に承認を得てから話したいから、完全ではないけれど」


 そこで言葉を切って、エリアスの青い目を真っ直ぐに見つめ返した。


「私の残りの秘密は、以前言っていた、景勝地で話すわ」

「……僕も、話したいことがあるんだ。その時に、いいかな?」


 エリアスが話したいことが何か、全く心当たりはない。

 しかし、エリアスが何を話そうと、結婚すると決めたのだ。


「いいわ。じゃあ、日程を決めましょう」

「ありがとう。……フェルディーン家に着いたみたいだね」


 ちょうど車が止まった。

 話もまとまったしちょうどいい。


 イルヴァは車から降りようとして、エリアスに引き寄せられた。

 そして、エリアスが近づいてきて、頬に柔らかいものが触れる。

 それが唇だと気づくまで、しばし時を要した。


「っ!?」


 遅れてきた驚きで動けなくなっていると、エリアスはイタズラっぽく笑った。

 そして、再び近づいてきて、耳元で囁いた。


「おやすみ、イルヴァ」


 甘やかな声が耳を打つ。

 無性に恥ずかしくなったイルヴァは、半分転がるように車から降りた。

 

 挨拶もないまま降りてきたので、窓越しのエリアスに小さく手を振ると、彼も穏やかに振り返してくる。

 やがて車はゆっくりと門を出て、闇の中へ溶けていった。

 

 ーーー結婚、か。


 エリアスの気持ちを受け止めた以上、それはより具体的な未来となってそこにある。


 合理的な判断のもと結婚を受け入れたが、今はそれだけとは言えないことに、自分でも気づき始めていた。


 だから無性に照れてしまうのだ。


 先ほどのキスを思い返しながら悶えて屋敷に入ると、中の空気が慌ただしいことに気付く。


「お嬢様!」

 

 侍女のマリアが駆け寄ってきた。普段とは違う様子だ。

 

「どうかした?」

「王家の紋章入りの書状です」

 

 そうして渡された封筒は……黒い。

 

 それが単なる昇格通知でないことは、火を見るよりも明らかだった。

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