じゃあ、聞かせてよ
吹奏楽部のパート別練習が終わり、その時間がやってくる。
京子が同級生を連れてやってきた。
笑顔の仮面をかぶる。
化かしあいの始まりだ。
「でさー、千恵子がさ」
「やめてよー京子」
「そうよ、辞めたげなさい」
やれやれ、とばかりに嗜める。
京子が調子に乗ってからかいが過ぎ、自分がブレーキ役に回る。
そんな役割分担が出来上がりつつある。
居心地が良い空間と言えるかも知れない。
相手が敵だと知っていなければ。
部屋に入れば二人きり。
化かし合いは終わりだ。
笑顔の仮面を外す。
「あー、疲れた」
椅子に腰掛ける。
「私の尻拭いやらせてるもんねー、悪いね」
軽薄に微笑みながら京子が言う。
わかってるじゃないか。
わかってるならやるなよ。
けどやるんだろうな。
京子に対して理解が進みつつある自分がちょっと嫌だった。
「じゃあ、聞かせてよ」
「なにをー?」
「春武君と君の物語さ」
愛は仏頂面になる。
「なんで天敵に惚気話しなきゃいけないわけ?」
「私が興味深いから」
「……はあ」
聞えよがしに溜息を吐く愛だった。
+++
ノックが鳴り響く。
軽快に捌く信玄。
前は監督のノックでは硬くなっていた信玄だが最近はそれもなくなった。
本性が出るのは本番だ。
セカンドの翔吾のフォローが欠かせない。
その翔吾はと言えば、俺と目が合うと、パネルフォンを凝視するジェスチャーをして立ち止まった後、口元に手を当てて含み笑いを漏らして去って行った。
雄一の奴、早速喋りやがった。
舌打ちしたいような気分になりつつも、投球を続ける。
今は野球に打ち込むことがあの軽薄な女を忘れることだった。
それはある種の、心の慰めだっただろう。
次の綱渡りはいつやってくるかわからない。今がその真っ最中なのかもしれない。
晋太郎のマシン打撃の打球が高々と飛んでいき二軍グラウンドに届く。
「お前と信玄とあいつぐらいだな。第二グラウンドまで届くのは」
呆れたように言う三年生だった。
つづく




