帰りたい
愛が春武からラインを受け取っていたその時、まさに傍に、京子がいた。
「どうしたの? 愛。硬直して」
京子は軽薄に笑っている。
親しみやすいと思っていたその表情が、薄ら寒く感じられる。
敵だったのだ。
親しい顔して近づいてきておいて。
敵だったのだ。
愛は腰を落として臨戦態勢に移った。
「春武に危害を与える気?」
「あたー、春武君から聞いたか」
京子はやはり軽薄に笑う。
「良いルームメイトになれると思ったのに」
その瞳に鋭い光が宿る。
愛は背筋が寒くなるのを感じた。
人間じゃない。
上位生物に出くわしてしまったかのような圧倒感。
神のコピーと言える愛ですらこれだから、他の人間ならば尚更だろう。
それが、京子に圧をかけられるということ。
「創世の力、無効化させてもらう!」
そう言って、愛は京子に光を放つと同時に、拳で殴りかかった。
その瞬間、拳は京子を通り過ぎて他の場所へと移動した。
「変なまじないを……」
愛は舌打ちしつつ言う。
「生きている世界線をずらしただけさ。格ゲーの軸移動みたいなもんだね」
京子は淡々と、つまらなさげに言う。
「貴女の目的は、なに?」
「目的? 遥か彼方にそんな思い出があった気がするなあ……なんだったかなあ……」
とぼけているのではなく、本気で考えているようだ。
「そうだったそうだった。強いて言えば、帰りたい、だ」
京子は笑わずに言った。
「君も、意味もなく心さみしくなる時はないかい? 私にはある。そんな時に思うのさ。世界よもっと愉快になれって。そうじゃないなら、帰りたいって。何処にかはわからない。あったはずの場所に帰りたい。そんな感覚。そうしたらスキル適応者と遭遇できる。そうできている」
京子はベッドに寝転がった。
「けど最近はそういうこともない。運も尽きたのかもね。しばらくは君と春武君を吹奏楽部で応援することにするよ」
愛は唖然とする。
「そんなに……俄に信じられるはずないでしょ!」
彼女が今までどれだけの迷惑を自分達にかけてきたと思っている。
「私はそうと決めた。その方がきっと世界が面白くなる方角だ」
京子は顔だけ上げて、軽薄に笑うと、枕に埋もれた。
「おやすみ」
寝息が聞こえ始める。
愛はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「敵意はないってこと……?」
「スキル適合者が現れるまでは、ね」
狸寝入りか。
しかし、待っていると、今度は本当に寝たらしく、イビキが聞こえ始めた。
「凄いイビキでしょう」
背後から男性に声をかけられて、愛は飛び跳ねた。
「失敬。私、テレポーテーションのスキルの使い手なので」
「あんたといいこのこといい、なんのこと?」
「一時休戦の段を取れればと思いまして」
そう言って男性はにこやかに微笑んだ。
つづく




