うそだろ
「うそだろ!?」
驚きの言葉を発したのは、蛇の国の城の北にある街に住む占い屋である。占い屋のミケの店の奥にある部屋に来ていたのは、情報屋のウーイだった。ウーイは青い短髪で無精ひげが生えている中年の男である。ウーイはこの国の生まれなので、今の王妃様であるゆりに対しては並々ならぬ敬意を抱いている男だった。
ようやく青い空が世界に戻って数日後の話である。空が黒い雲に覆われた間、ミケもほかの住人達同様動揺していたものだったが、(死ぬなら幸せの絶頂である今がいいかも)などと思っていた。ミケの人生は不幸の連続だったが、今は最愛の妻がいる。夫婦生活はのろけたいほどに幸せなので、今のミケの望みは、(妻より先に死にたい)だった。幸い妻であるジュリは若いので、何事もなければその願いはかないそうだ。
今日のウーイの話は、世界が黒い雲に覆われた関係の話ではなかった。
「ミカエル様が、ある一般女性に入れあげてるらしいです」
などと言い出したからだった。それに対してミケが「うそだろ!?」と言ったわけである。
「なんでも、一族の女性の恋人達にはみんな子供ができたので、もう自由恋愛をしてもいいだろうとのことで、一般女性と付き合ってるみたいです。世界が闇に包まれている間も、何度も彼女を心配して様子を見に行ったそうで」
「ふーん……それで、ウーイはそれを信じているのか?」
ミケが聞くと、ウーイは「ははは」と笑った。
「信じてないです。百パーセントハニートラップです」
ウーイは断言するように言った。
「ハニトラか」
「ハニトラですね」
「逆に本気で入れあげてる方が話としては面白いが」
「まあそうですけどね。それで一族の女性達が、『ミカエル様ったらあんな子に入れあげるなんて信じられない!』って酒場とかでわざとらしく噂をしてました」
「わざとらしく」
「まあ、仕込みっすよ。仕込み」
「仕込みね」
「最近、新聞社に王妃様を中傷する投書が多いようですよ。太陽が隠れたのは神々が王妃に対して怒っているせいだと。何百通も来たみたいです。筆跡は変えているが、三人くらいで全部書いてるようだって新聞屋が言ってました。暇人ご苦労さんって言ってましたよ」
「へー」
「神様が王妃様に怒ってるっていうなら、ほかの国の現象はどう説明するんでしょうね」
「だよな」
「新聞屋もあきれてましたよ」
最近の新聞では、王妃様の言葉が載っていた。「神々は私たちが知らないところで戦ってくださっています。みなさん、好きな神様に祈りましょう。応援しましょう。私たちのこの祈りが、きっと神様に届きますから」
王妃様のお言葉もあって、博物館も教会も、連日人々が詰めかけていた。その思いに答えるかのように、ある日、教会の屋根に金色の花が咲いたのだ。その花はもう消えてしまったが、話を聞いたミケですら見に行ったほどだった。
敵は何かがあればすぐ「王妃のせいだ」といちゃもんをつけようとするのだ。それを信じる者は新聞屋にはいないが、噂というものは時に国を滅ぼす原因になることがある。気をつけなければならない。
情報屋は街の噂をミケに話し、金をもらって去って行った。
その日の夕方、ミカエルがミケの店にやってきた。ミケは、「ハニトラうまくいきました?」と聞いてみた。
「はにとら?」
「ハニートラップですよ。仕掛けてたんでしょ?」
「なんだ、ここまで話が来ていたのか。三ヶ月も付き合ったんだぞ。疲れた。それでこれを見てくれ」
ミカエルはズボンのポケットから飾り物を取り出してミケに渡した。それは、ピンク色の楕円の宝石がついたネックレスだった。宝石の長さは三センチほどである。普通の宝石店ならば、「きれいなピンクの石ですね」で終わるところであるが、ミケはそれをいろいろな角度からじろじろと眺めて、「魅了の石ですね」と言った。
「やっぱりそうか」
「グレードは結構高めですよ。やばめの部類に入りますよ。あちらのレンタル品かもしれないですね」
「じゃあ、私がこれを持っていてお前が魅了されたりもするのか?」
「いいえ、異性にしか効かないですよ。これ、相手の女がつけていたんですか?」
「そうだ。私にしつこくいいよって来ていたんだが、怪しい女だったし、これから嫌な感じがしたんで、ひっかかったふりをしてみた。そしたら今朝、『王妃様に贈り物をしたいから渡してほしいの』ときたもんだ。『君はなんて気が利く女性なんだ』とほめたたえてそれを解析にだした。そしたら、贈り物のマドレーヌには毒が入っていた。速攻で捕まえて、今牢屋だ」
「へえええー」
あまりの展開に、ミケの頬は引きつっている。
「家の中を詳しく調べたら、王妃への中傷の手紙も見つかった。新聞屋に投書していた仲間でもあった」
「あらら」
「それで女がつけていたこれを調べようとしたんだが、占い屋なら知ってるかな、と持ってきてみたんだ」
「ミカエル様には魅了の効果が効かなかったってことですね」
「私はなぜか魅了耐性は抜群に高いんだ。一年ほど前に精神耐性の鑑定ができる者が来て、金を払って鑑定してもらった。私もフリットも、魅了耐性はものすごく高かったんだ」
「修行でもしたんですか?」
「修行?」
ミカエルの脳裏にはゆりとガーベラの顔が浮かんでいた。
「今までいろいろあったことが修行になったかもしれない。これって、壊した方がいいかな」
「やばめですからねえ。持っているのもよくないかもしれないですよ」
「わかった。ありがとう」
ミカエルは去って行った。
ミカエルが去った後、「ハニトラでよかったー」とミケはつぶやいていたのだった。
ミカエルはその後、「もしかして、これ王妃に効くのかな?」と宝石をつけてゆりに会ってみたが、ゆりは全く変わらず、ミカエルを見て「今日もいい男ね」などと言っていた。
(考えてみれば、王妃は神々と普通に交際できるくらいだもんな。魅了耐性がものすごく高いのかもしれない)
ミカエルは城の廊下でラギに出会った。
「ミカエル、ハニートラップどうだった? 終わった?」
ラギは目を輝かせてミカエルに聞いていた。
「ラギ様まで知っているんですか? 王妃には絶対言っちゃだめですよ」
「わかってるよ。言わないよ。それでどうなったの?」
ラギは聞くまでミカエルを離そうとしなかったので、ミカエルはラギの部屋でその結末を話したのだった。そして魅了の石を見せた。
「へーこれが魔道具なんだ。魅了かあ。試しに使ってみたいけど、だめだよね」
「王妃には全然効かなかったですよ」
「お母さんは、これがなくてもミカエルのこと好きじゃん。ミカエルの魅了耐性の高さは、ガーベラ様のおかげかもね。女神以上に男を魅了できる女なんて、いないもん」
「やっぱりそうですかね。ガーベラ様に感謝ですね。王妃も魅了耐性とは高そうですよ」
「神様と対等に付き合えるくらいだからね。この石どうするの?」
「廃棄ですかね」
「もったいないなあ」
その時ノックの音がして、シスが入って来た。
「ラギいる?」
「いるよー」
シスと一緒にピンクのブタラ、モモもやってきた。モモはミカエルの側にやってきて足下に体をすりよせていた。ミカエルはモモの背中をなでなでしている。モモは今日も薄いピンク系統のフリルがついたスカートをはいていた。
「あ、ミカエル、ハニートラップどうなったの? 終わった?」
ミカエルは再び説明した。
モモはミカエルが持っていた宝石に興味があるのか、顔を寄せて見ていた。
「モモも女の子だね。宝石に興味があるの? それともモモに魅了効果があるとか」
「モモちゃんは元々私のことが好きですよ。ね」
モモは肯定するようにミカエルにすりよっていた。
「魅了じゃない?」
「じゃあ僕がもったらどうなるかな?」
ラギが魔道具を持ってみた。すると、今度はモモはラギに近づいてすり寄っていた。
「ブタラにも魅了効果効くんだ……」
三人は驚いている。
今度はシスが魔道具を持ってみた。モモはシスにすり寄っていた。
「これすごいね」
「もしかして、宝石がほしいだけかもよ」
「蛇にも効くんじゃない? 試したい」
「実験がエスカレートしそうだから、もうだめです」
ミカエルはその後魔道具を廃棄して、ハニトラ騒動は終わったのだった。




