すごい体験だった
朝起きたミルキダスは、目が腫れて少ししかあかなかった。昨晩は興奮していたため、眠ったのは朝方少しだけだった。
「すごい体験をした」
本当にすごい体験だった。
昨日、ミルキダスは子供達三人と一緒に聖地に行くことができたのだ。以前ミカエルとシャナーンが行ったこともあったが、まさか自分も行けるとは思わなかった。しかも子供達も一緒にである。昨日はこんなによく泣けるな、と自分でも思うほど泣きまくってしまった。そのせいで目の周りは赤く腫れている。
ミルキダスはとりあえず朝の支度をしてキャシーとジェシカの屋敷に行った。朝食はいつも向こうで食べているのである。
「お父さんおはようございます」
「おはようございます。ミルキダス様、目が」
「見えてます?」
「なんとか」
娘達は起きていた。ゼッドはまだ寝ているようだ。食堂にある棚には、昨日お土産で買ってきた神殿のお守りが飾ってあった。
「本当に楽しかったみたいでよかったわね」
「本当にね。一生の思い出になったわね」
「とても楽しかったです。お父さん今日は学校休んでもいいでしょう? 昨日のことを書いておきたいの」
「私も。忘れない内に書いて残しておきたいわ」
「そうか。いいんじゃないか? 今日は私も幸い休みだ。この顔のまま仕事じゃなくてよかった」
「よかったですね」
「本当によかった。みんなになんて説明したらいいか困るところだった」
「あ、そうだわ。お花はどうなったかしら」
「お花!」
昨日神殿に行った者はガーベラからのピンクの花と男ガーベラからの青い花を一つづつもらっていた。とりあえず昨日は水につけておいたのだ。
花はまだ枯れていなかった。
「そうだわ。2つはお茶にしてみない?」
「そうしよう!」
「残りは綺麗な水に浸して美容水にしましょう」
「お母さん容器を何かくれる? とりあえずお花のお茶を飲みましょう」
「とりあえずお湯ね」
ティーポットにお湯をいれ、花びらをばらして中に入れた。かぐわしい匂いが漂ってきた。
「なんだか懐かしいわね」
「そうね。あのときもこんな匂いがしたわね」
母親達が言った。
すごいお茶が手に入ったとかで彼女達が全員呼ばれて、お茶を飲ませてもらったのだ。あの後髪はつややかになり、肌もつるつるになった。しかもお茶を差し入れた八百屋の女将さんが、病気が治ってしまった。あれには二人も驚いたものだ。女将さんは、今も元気である。
「男ガーベラ様、本当に素敵な神様だったわ。絵画がほしいくらい」
「もっと世間の人に知ってもらいたいわね」
お茶は少し苦かったが幸せな味がした。
ところ変わって博物館の館長も、昨晩は興奮して眠れなかったのだが、家に戻ってしばらくすると、「夢だったのかもしれない」と思い、お土産を見て「やはり夢ではなかった」ということを何度か繰り返していた。あまりに日常から外れた日だったために、精神的にちょっと錯乱しているようだ。
「昨日は本当に聖地に行ったというのだろうか。アレがすべて現実なんて……信じられないが現実なのだ。妻にはなんて言ったらいいのだろうか」
昨日帰った時には妻はもう寝ていたので、まだ会っていなかった。
「あ、そうだ。生ものがあったんだ。早くなんとかしないと!」
館長はお土産の袋を持って食堂に行った。館長の家は、一族の屋敷のような大きなものではない。庶民の家より少し広いくらいの二階建ての一軒家である。
妻は館長が渡した聖地グッズに目を見開いた。
「この花は肌にいいらしいぞ。綺麗な水につけておいたら美容にいい水ができるとか」
「んまあ!」
妻は花が枯れないようにとりあえず水につけていた。
「お土産でこんなにいただいたんですか?」
各神殿のお守りに神殿のカードなどがあった。
「うん……」
「本当に?」
そこに息子がやってきた。館長の息子は四十歳になる少年である。少年は机の上のお守りをみて、「これはどうしたの?」と聞いた。
「昨日お城で聖地のお土産をもらってきたんですって」
母親が答えた。
「こんなに? すごいね。この石は何?」
「それはハロルド様の神殿の周りにある石だよ」
「え? すげえ! 僕にちょうだい!」
「いいとも」
「やったー! お守りにするんだ!」
息子は石に大喜びしていた。
「このかわいい鳥はアシュラン様を象徴する鳥だよ」
「かわいいわ。食堂に飾りましょう」
妻は棚の上に木彫りの小鳥を置いた。
「でもこんなにたくさんお土産をいただいてくるなんて……本当にあなたはよくしてもらっているのねえ」
普通お土産といえば、一個か二個であろう。お土産にしては多いと妻は思ったようだ。
「実は、実はな、私は、昨日、聖地に行った」
館長はもう黙っておけなかった。
妻も息子もぽかんとしていた。
「昨日、聖地に行ったんだ。城に行ったら突然、これから聖地に行くとか言われて、私も連れて行ってもらった」
「……聖地って、そんなに簡単にいけたっけ?」
息子が聞いた。
「行けませんよ。どうやって行ったんですか?」
「瞬間移動で行かせてもらった」
「「瞬間移動?」」
妻は重なっていたカードをばらし、小さいカードを手に取った。
「こ、これは……もしかしてアリアス様の神殿の?」
「うん」
「アリアス様の神殿に行ったんですか?」
「うん」
「どんなところでした?」
「えーと、でかいアリアス様の石像があって、輝いてた。すごくいいお顔だった」
「まさかあなたがアリアス様の神殿に行ったなんて……」
「お母さんはアリアス様が好きだもんな」
息子が言った。食堂にもアリアスの木像が飾ってある。これは妻が昔買ったものだった。そしてアリアスの顔が刺繍された布も飾られていた。これは妻が自分で縫ったのである。
「お父さん他にはどの神殿に行ったの?」
息子が聞いた。
「ガーベラ様、ハロルド様、アリアス様、ヒルデリア様、アシュラン様の神殿だ」
「すごいね」
「すごかった……」
「本当に行ったんだよね?」
「本当に行った」
「他には誰か行ったの?」
「牧師さん達とか、将軍達とか、シス様達とか、ミカエル様達の子供達もいたな。このことは他には言わないでくれよ。一族の方を差し置いて行ってしまったから、なんだか悪くて」
「それだけお父さんが重要な人ってことだよね? すごいな」
「そうよね。すごいことだわ。アリアス様の神殿では、私の分も祈ってくれたんでしょう?」
「当然だ、アリアス様の神殿ではお祈りするだけだったから、君にお土産は買えなかった」
「そうなの。このカードだけでもうれしいわ。額を買って来て飾るわ」
「すごいや……」
息子は父親を尊敬のまなざしで見つめていた。こんなに尊敬されるのは初めてかもしれない。仕事があるので神殿の話はまた夕方ということで館長は仕事に行った。博物館のカーテンを開けて、館長はまずアシュランの足の前でひざをついた。
「アシュラン様、ありがとうございました。今後とも精進いたします」
館長は頭を下げて、アシュランの足に誓ったのだった。




