妄想は自由
お邪魔しまーす」
控えめな声でいいながらそろそろと薄暗い神殿に足を踏み入れた。入り口付近にも広い部屋にも誰もいなかった。
(やっぱりみんな寝ているのかしら。それにしてもこの声は一体……)
「ガー……ガー……」
と獣か何かがうなるような低い声が聞こえる。
(神殿の中に野獣でもいるのかしら?)
と思いながらそろそろと広い部屋の中に入って行ったのは、海の女神セスティナである。セスティナはルチアがいつまで経っても海に遊びにこないので、様子を見に来たのだ。
「こんにちはー入りますわよー」
セスティナは小さい声でいいつつ、部屋の奥にある寝室に向かった。ここに来る前に、セスティナはラーズに会っていた。ルチアが眠っている部屋の場所も聞いている。オルガは寝ているから大きな声は出さなくていいとも聞いていた。勝手にルチアの部屋にいってもいいと言ったのもラーズである。
「ガー……ガー……」
(あきらかにルチアの部屋から聞こえてくるわね)
そろりと部屋の入り口にかかっている黒い布を横によけて中をのぞくと、ベッドの上でルチアが寝ていたが、獣の姿はなかった。
「ガー……ガー……」
(え? もしかしていびきだったのかしら!? おじいさまよりもすごいいびきだわ)
セスティナは驚いていた。少女のいびきとは思えない音である。
両手両足を広げて寝ているルチアの両隣には、コウモリのような大きな形の物が置いてあった。
(枕かしら?かわいい)
さわってみると柔らかかった。
(私もイルカのこういうのがほしいわ)
などと思っていると、ルチアがむくりと起き上がったのでセスティナは驚いて体を震わせた。
「ルチア、起きたの?」
ルチアは目を開けたが、そのままパタンと体を倒して、また目を閉じてしまった。
「びっくりした。また寝ちゃったの?
「ガー……ガ……」
また大きないびきをかきはじめた。
(私結婚してこのいびきに耐えられるかしら? でも夫婦だからって毎日一緒に寝なくてもいいものね。なんとしても男ルチアと結婚したいわ!)
セスティナは戦の時の男ルチアを見た時から決心していた。絶対にルチアと結婚すると。
ちなみに海の神々達は、「それはどうだろう?」と応援するという雰囲気でもなかった。だが彼らにすれば、セスティナが人間の男を連れてくるよりは百倍ましなので、「まあがんばって」とあまり否定的なことも言わなかった。とりあえずルチアはセスティナに好意を持っていることは確かだった。そうなる可能性も、少しはあるかもしれない。それにルチアならば、セスティナをうまく扱えそうな気もする。ルチアは海側になじんでいるので、海側としてももしそうなれば喜ばしいことだ。
(神同士で両想いだもの。しかもあのルチアと私、ぴったり。今は結婚の約束だけでもしたいわ!)
とセスティナは燃えていた。
(それにルチアとなら、長い夫婦生活も楽しくやれそうだもの。いびきくらい問題にならないわ)
セスティナは、腰に下げていた袋から巻き貝を出して、ベッドの上に置いた。巻き貝には、戦にたいしてのねぎらいの言葉と、また遊びに来てほしいという言葉が入っていた。
(ああ、私の結婚が現実的になってきたわ!)
セスティナは男ルチアとの幸せな結婚生活を妄想しつつ、去って行ったのだった。




