え? 本当に?
「聖地か……興味がないわけではないが、行くのは無理だな」
部屋でハザークがぼそりと言った。シスがやってきて「明日聖地に日帰りで行けることになりました。ハザーク様もどうですか?」と聞かれたのだ。
「しかし……話が突然だな」
部屋で笑っていたのは頭が二つある蛇、ジャッツーである。
「明日って……ハザークさんはここを離れるのは無理かね?」
「どのくらい離れたら侍女達が大丈夫か、ちょっとわからないな。試さない方がいいだろう」
ザクートが侍女達にかけた魔法はハザークが側にいなければ成立しないようなことを言っていた。ハザークとしては、そんな危険はおかせない。
「そうかね。聖地か。俺はむかーし行ったよ。なつかしいなあ」
「なつかしいね」
などと話していたら、ディーンがやってきたのだった。
「叔父貴もいたの。青い空ってやっぱりいいね。ひなたぼっこの毎日だよ」
「ディーンは聖地に行ったことがあるか?」
ハザークが聞いた。
「ないよ。俺は国から出たことがない」
「明日行けるらしいぞ。我も誘われたんだが断った。代わりに行ったらどうだ?」
ハザークは隣町への旅行くらい気楽に言っていた。
「え? どういうこと? 聖地ってあの聖地だよね。違う大陸の」
「その聖地だ。多分王妃がまたご褒美でももらったんじゃないか? 王妃はよく神様からご褒美をもらうからな。行きたかったら王妃の部屋に行って頼んだらいいぞ」
「俺行きたい! 頼んでくる!」
ディーンは飛ぶようにいなくなった。
「戦が無事終わったご褒美かもしれんな」
ジャッツーが言った。
「王妃は戦にはでていないが」
「ゆりさんがむこうで生んだ子供達が大活躍したようだ」
「なるほど」
「頼んだ。いけるって!」
ディーンが部屋に戻ってきた。
「よかったな」
「王に聞いてみたら五十人で行くらしい」
ハザークが言った。
「50? そんなに行くの?」
ディーンは目をまん丸くしていた。詳しい話は聞いていなかった。
「そんなに大勢移動するんだ。アシュラン様のご褒美だな」
「それを頼むゆりさんがすごいと思うぞ。さすがだ」
ジャッツーは二つの頭で感心している。
「ええ!?」
ハザークが驚いて立ちあがったので、ディーン達はびっくりした。
「なんと、ミシェイラとレーヌとナナミも行くらしい。だ、大丈夫か? 神殿に暗殺者とかいないか?」
ハザークが心配しだした。
「大丈夫だろ」
「心配だ。ディーン、子供達が迷子にならないように見ていてくれよ」
「いっぱいいるから大丈夫だって」
「いっぱいいる方が迷子になりやすいんじゃないか?」
「もし迷子になっても、アシュラン様が帰してくれるよ。なにせアシュラン様が移動させるんだから」
ジャッツーが言った。
「そうか、なら安心だな」
「ほかには誰が行くんだろう?」
「王妃の恋人達や、その男達の子供とか、将軍達や牧師たちもいくらしい」
「あちこちでパニックになってるんだろうな。ははは」
「想像すると面白いな。ははは」
外で友人と遊んでいたフランツの元に、父ジェナサイトから緊急思念が届いた。
――大変なことがあった! すぐ戻ってきてくれ!
――え? 何?
――会ってから話す。とにかくすぐに帰ってこい!
フランツはすぐに屋敷に戻った。まだそんなに長い距離を瞬間移動はできないので途中から走っている。
屋敷に戻ると、部屋の中をうろうろ歩き回るジェナサイトと、不安そうな顔のユリウスがいた。赤ちゃんルークはベッドで寝ている。
「ジェナサイト、フランツが来たぞ」
ユリウスが言った。
「お、おう」
「一体誰が死んだんだ?」
ユリウスが神妙な面持ちで聞いた。
「え?」
フランツが驚いた。
「え? いや、誰も死んでないぞ」
ジェナサイトが言った。
「違うのか? お前の様子でてっきりそうだと思ったが」
「違う。明日の三時半までに城の広間に行くから」
ジェナサイトが二人に言った。
「ルークは城で預かってもらうか、ミカエル様が赤ちゃんをまとめて預かってもいいとおっしゃってくれてる。とにかく、明日は三人で城に行こう。二人ともいいか、落ち着け」
ジェナサイトは手を震わせながら言った。
「一番落ち着かないのはお前だが」
とユリウス。
「お城で一体何があるの?」
フランツがせかすように聞いた。
「それがな……あの……その……お、落ち着いてるか?」
「「続きを早く!」」
二人の声が同時だった。
「明日、聖地巡礼ができることになった」
ジェナサイトがずばっと言った。
「…………」
ユリウスとフランツは、無言だった。
「お父さん、何を言ったの?」
「せいち、じゅんれい」
「意味分かって言ってる?」
「わかってる。聖地を巡るってことだ」
ユリウスとフランツは目を合わせた。
「お母さん、どういうこと?」
「さあ」
「これは本当のことだ。明日夕方四時に、広間から瞬間移動で飛べるんだって」
「どうやって?」
フランツが聞いた。
「それを俺に聞かないでくれ。俺は、この国から出られるってだけで心臓がドキドキしている。しかも西の聖域と呼ばれる聖地だぞ。普通なら一生行くこともできない場所なんだぞ。どうだ驚いただろう?」
「お前……変な物でも食べたのか?」
ユリウスはジェナサイトのことを心配していた。
「本当のことなんだって。ジュメに聞いてみろ。多分ジュメも行くだろう」
「ジュメに心配されそうだが……」
ユリウスはそっちの心配をしてジュメに思念を回してみた。
「ほかには誰がいるの?」
フランツが聞いた。
「ラリー達子供達も一緒だ。ミカエル様は行かないって。前に行けたらしい。王妃の恋人達、子供達あと将軍とかとにかくたくさんいるらしいぞ」
「……ほんとだ」
ユリウスの声が震えていた。
「ジュメもメリッサと行くって」
「だろ?」
ジェナサイトは得意げである。
「え? 本当に聖地に瞬間移動できるの? 信じられない。どうしてそういうことになったの?」
「さあ、それは知らん。我々はただ、神殿で神に感謝して祈ればいい。行けるのは、ガーベラ様、ハロルド様、アシュラン様、ヒルデリア様の神殿だって日帰りだから夜には帰ってくるみたいだ」
「お土産買えるかな?」
「お金はどれだけ持って行けばいいかな?」
ユリウスも落ち着かなくなっていた。
「今回は小遣い付きだからお金はもってこなくていいってさ」
「ええ! いいのかな」
「僕ハロルド様の神殿で買い物する!」
「じゃ、じゃあ何も持って行かなくていいのか?」
「ミカエル様に聞いたら、ハンカチは必衰だって。俺、今から明日の服を選んでくるから。それからハンカチも買ってくる」
「僕のもね」
「おう! みんなのハンカチを買うぞ」
ジェナサイトはいなくなった。
「えらいことになったな。まさか国の外に出るなんて……汗かいてきた」
「僕も」
「フランツ、明日は、早めにお風呂に入ろう。身を清めて行かなければな」
「そうだね。僕、明日は朝からお祈りするよ」
「私もそうしよう」
城にあるハインリヒの部屋にはドルイドがやってきていた。
「お父さんよかったねー」
「ああ。明日は手薄になるから、ドルイドも頼むな」
「わかってるよ」
「今から緊張するなあ」
「きれいなハンカチもってるの?買ってきてあげようか?」
「そうだな。買ってきてくれ」
各家庭では動揺にてんてこまいの様子だった。
この日、ハンカチがなぜか馬鹿売れしたそうで、店の店主も首をひねっていたそうである。




