9.閑話・帝国兵士たちから
Side 帝国兵士たち
帝国と連合王国の戦争が長引き、お互い引かない状況が続いている。
長期化するにつれ、両軍が激突する間隔はより開いて行っていた。
逆に野戦陣地は要塞化されていき、今となっては厩舎、兵舎、そして飲み屋まで完備されている。
そんな兵士用飲み屋に勢いよく入ったセレナは、ツカツカと淀みなく隅の席へと歩を進め、酒を酌み交わす二人に向け静かに、しかしながらも重みのある言葉を投げかけた。
「異常よ」
ん? と酒を飲む手を止めた二人はダインとガレスだった。
聞こえていなかったのかと思ったのかセレナは再度同じ言葉を繰り返す。
「異常よ。あのエルフおかしいって。マンゴーラッシーは予め用意していたとしても、あんな砦跡でどうやって」
「レインハルトだからなあ」
ダインの言葉に納得した様子のガレスである。
納得してしまいそうになったセレナが、ぶんぶん首を振った。
「昨日は突然黒ビールが出てきたというじゃない。アルコールは発酵も必要なんでしょ」
「今日もきっと奥で作っていたんじゃないかな」
「ビールって発酵も必要なんでしょ」
「レインハルトだから……」
今度はガレス。頷くダイン。
彼女が日替わりのパイナップルカレーが食べたかったのは事実である。しかし、彼女は上官から命も受けていた。
それは、現在噂になっているカレーライス屋がどういうものか、帝国に仇なす店ではないのか、などを探れというものだ。
「あのエルフは一体何なの?」
「分からん。だが、カレーライスはうまい」
また頷き合う二人。
彼らの反応に頭を抱えるセレナ。
「は、話にならないわ……」
彼女の想いが通じたのか、突如真剣な顔に変わる二人。そろそろ冗談は終わりとばかりに。
「レインハルトがその気になりゃ、帝国軍も連合王国軍も壊滅するだろうな。あいつに比べれば、英雄伝説に出てくる魔王の方がまだましだ」
「それほどなの!?」
「チルルにチラリと聞いたんだが、転移魔法も使うみたいだぞ。この前、鬼族ともめた兵士から聞いたんだが、無詠唱で砦跡全体を範囲にした結界魔法を使ったとか」
「転移魔法は荒唐無稽過ぎるわ。チルルさんの見間違えじゃない?」
「そうだとしても、結界魔法は多数目撃されている」
ガレスが事実を淡々と述べる。しかし、セレナにとっては常識の範疇を超え過ぎ、理解が追いつかない。
そもそも、帝国で結界魔法を使う場合、大広間全体が対象範囲になる。
結界魔法は敵対行為を行った者を無力化するものが主な効果である。
これを実行するためには、数十人の魔法使いを集め、部屋全体に魔法陣を描き、三日三晩呪文を唱え続けなければならない。
それを、鼻歌でも歌うように砦跡全体に、しかも無詠唱で、かつ一瞬で発動するなんて規格外にもほどがある。
「ま、心配することはないさ。カレー鍋に悪戯でもしない限り何も起こらんさ。レインハルトはただカレーライスをおいしく食べて欲しい、それだけしかない」
「そいつは俺も保証する。ただ、勝手にキッチンに入るのだけはご法度だぞ」
わけがわからなくなってきたセレナは考えるのをやめた。
そこへ、ふわふわとしたオレンジ色の髪の小柄な女の子がやってくる。彼女の歳の頃は18歳くらい。
三人と異なり、彼女は兵士ではなく後方支援を行う隊に所属している。
好奇心がとても強く、彼女と親しいセレナは本来の職は大学で研究を行っていると聞いていた。
「何か面白い話してるー。私にも聞かせて」
「リズ。ちょうどあなたにカレーライス屋のことを話しようと思っていたのよ」
「戦場のど真ん中にあるっていう?」
「そう。非戦闘員が近寄るのは危ないけど、もし行きたいのなら、私とこの二人が護衛するわよ」
俺たちもと指さすが、二人はどうせ毎日行くから問題ないとすぐに了承する。
「あなたなら、私と違って、レインハルトのことで何か気が付くかもしれないわ」
「とってもおもしろそう!」
リズの目がランランと輝きを放つ。
そんな時、エールを飲み干したダインが思い出したようにぼやく。
「あの店主。カレーライスのためなら、両軍激突しているど真ん中でも、喰うか? とかきそうだよな?」
「冗談でも言うな……本当にやりそうだ」
ダインの言葉に対し嫌そうにガレスが返す。
まさか本当にそうなるとはこの時の二人に想像できなくとも仕方ないことである。




