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10.激辛カレー

 本日の日替わりは宣言通り、激辛カレーライスだ。

 チリペッパーの配分を増やし、ピリリと来つつも後を引かず、という味わいを目指した。

 スパイスの調合は気が付くと二週間とか経過していたりするので、カレーライス屋の開店時間を忘れないようにすることが肝要だ。

 今のところ、毎日新しい研究成果を出すことができているが、モノによっては数日かかることもあるだろう。

 その場合は、過去の日替わりカレーライスを出すつもりである。

 個々の客としても、自分にとっての至高のカレーが一度しか食べられないのは歯がゆいだろうから、きっと喜ばれるはずだ。

 至高の味は何度食べてもよいものだからな。


「ここが噂のカレーライス屋。いい匂いー」

「いらっしゃいませー」

 パタパタとチルルが挨拶した新しい女性客は珍しく兵士ではない。

 これまで神父が訪れたことがあったが、彼女は聖職者のようには見えないな。

 ふわふわのオレンジ色の髪に小柄な体つき。

 厚手の皮手袋、腰にはたくさんの工具類、革のポケットがいっぱいついたジャケットにも色んな部品やらが入っている。

 ゴーグルを額に乗せた技術者風といったところだろうか。

 機械文明はまだまだ黎明期なので、機械技術者というわけではないのだろうが、魔道具開発か何かをしているのかもしれない。

 

 と彼女に目を向けていたら、新たな客が来店する。

 こちらは見知った顔だ。

「そうなんだよ、扉を開けた瞬間のたまらん匂いだけでもう、腹が鳴って仕方ねえんだよ」

 ダインが腹をさする。彼だけじゃなくいつもの通りガレスも一緒だ。

 慣れたもので、二人に向けチルルが満面の笑みを浮かべ、元気よくメニューの紹介をする。

「今日の日替わりは激辛カレーです!」

「激辛かあ。店主のアイデア?」

「いえ。昨日に引き続き鬼族の方からですよ」

「もしかして、希望を聞いてくれたりするの?」

 ダインの言葉を受けたチルルがこちらに目線を送った。

「もちろんだ。十人十色の精神。リクエストはいつでも受け付けているぞ」

 ニヤリとすると、彼らは嬉しそうに会話をし始める。

 

「だったら俺たちも」

「昨日に続き、待ちぼうけになったセレナの希望からでいいんじゃね」

「ううん、最初の常連の二人からでいいんじゃない」

 いつの間にか来店したセレナが彼らの会話に加わった。

 三人の間で、カレーライス屋を最初に広めたダインへ白羽の矢が立つ。

 

「そうだなあ。俺の出身は港町なんだ。シーフードが食べたいな。特にイカ」

「分かった。イカだな。他、海鮮なら何でもいけるか?」

「おうさ」

 俺の問いにグッと指を立てるダインであった。

 イカか。イカならば、あの場所だな。元日本人だけに、海鮮も色々と試したのだ。

 日本近海と異なる生態であるため、イカの種類も地球と異なる。しかし、味についてはむしろこの世界の方が上回るかもしれない。

 ふ、ふふ。海鮮は久しぶりだな。心して待つがよいぞ。

 俺が海鮮に思いを馳せている間に、彼らから注文が入ったようだ。

 

「チルルさん、私はいつものカレーライスとマンゴーラッシーを」

「俺は日替わりで。黒ビールかな? 今日は」

「はいー。黒ビールか赤ワインです」

「なにい。赤ワインだと。赤ワインで頼む」

 ダイン、ガレス、セレナのグループが注文を終える。

 

 置いて行かれる形となったゴーグルの女性はちょうど俺の前のカウンター席に座っていたが、まだ注文を受けていない。

 彼女はまだ注文を決めかねているようで、店内のあちらこちらに目をやり、ぶつぶつと何やら呟いている。 

「店主さん、えっとレインハルトさん! 自分、一つお願いがあるであります!」

「何だ?」

「お鍋を近くで見たいです!」

 彼女の発言に、血相を変えてセレナが彼女の真後ろへ駆け寄ってきた。

「ちょ、ちょっとリズ」

「ん?」

「ん。じゃなくて、いきなりレインハルトさんにとっての聖域に踏み込もうなんて」

「別に構わんが、客が引いてからな」

 セレナだけでなく、ダインとガレスも俺を凝視する。

 何か変なことを言ったか? カレールーに興味があるとは良いことだ。

 極上カレーライスが何たるか知る。俺のカレーライスが極上だと思ったなら、知りたいとなる。

 そうなれば、研究意欲が刺激され、鍋を見たいとなるのは当然の行為だろう。


「あ。そうでした。いつものカレーとセレナが頼んでいたマンゴーラッシーをお願いします!」

 リズと呼ばれたゴーグルの女性から注文が入る。

「うむ。まずは食べてから、当然のことだな」

「はい! 結果を確かめ、過程を知るであります」

「はは。極上のカレーライスはきっと君の知識欲を刺激するさ」

 何やら外野の視線が痛いが、気のせいに違いない。

 

 注文を待っている間、リズはセレナたちに何かを訴えかけているようだった。

 この後、鬼族が来店する時間になることを彼女も知っているのだろう。一緒に待っていてくれとでも言いたいのかもしれない。

 彼女の視線を受け、ダインが後ろ頭をかき、困ったように返答する。

「いや、さすがに仕事がなあ」

 お次はセレナだ。

「リズ、この後は仕事じゃないの?」

「自分はお休みだー」

「休みなのに来たのかよ!」

 珍しくガレスが突っ込む。

 どうも彼女以外は三人ともこの後、兵士としての仕事があるようだ。

 馬車か何かで来ているんだろうか? 待たせるのは俺の都合だし、何より目の前に研究対象があり、それを帰る時間の関係で断念することなど、俺なら絶対にやりたくないことだ。

 

「何だ、家が遠いのか。いいぞ。俺が送る」

「わーい」

 万歳をするリズに対し、ホッとした様子の三人だった。

 

 ◇◇◇

 

 お客さんが引いた後。

 寸胴を凝視するリズ。

「いい香り……ではなく。と、とんでもない魔道具の技術であります!」

「一定の温度に保つため、必要な処置なのだよ」

「寸胴を動かしていいでありますか?」

「構わんぞ。というか、隣のものを見ればいい」

「ほえええ。見たことない複雑な印。こんなの真似できないな……」

「心ゆくまで眺めればいい。少しだけ外すがよいか?」

「どこかに行かれるので?」

「海鮮が必要だからな」

 ついていきたいです! と俺の腰に縋りつくリズ。

 別についてくることは構わんが……。

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