11.イカを捕獲する
「行くぞ」
右手にチルル。左手にリズ。
転移と共に、俺たちの視界が切り替わる。
転移した先は大海原だ。前後左右全て海平線で、島影も船影もない。青の海が太陽光にキラキラと反射し、なかなかに爽快な景色だ。
俺の記憶ではこの場所から一番近くの島までは100キロ以上ある。ここなら誰にも邪魔されずイカが確保できるのだ。
大海原を見下ろし、ニヤリと口角を上げる俺であった。
「こ、ここ、大きな水が」
「う、浮いてる。浮いているであります!」
チルルは海の広大さに。もう一方のリズは浮かんでいることに驚いているようだった。
いや、チルルは驚くより、感激していると言った感じか。
そんなチルルに向け一言。
「ここは湖じゃなく、海の上だ」
「う、海ですか。初めて見ました。海だと体が浮かぶんですます!?」
「いや、浮かんでいるのは魔法だ。海に落ちると沈むだろ」
「そ、そうですか」
かああっと真っ赤になるチルルは頭から湯気がでそうな勢いだった
理解してくれたようで何より。
リズが違う違うと首を振っているが彼女と同じで些細なことに違いない。
「浮いていると落ち着かんか? ならば、足場を作るか」
「そ、そういうことじゃなくって……」
よく分からんが落ち着かないのは事実だろう。
ならばと魔法を使って、小舟を出す。
「降りるぞ」
ふわりとリズとチルルと共に小舟の上へ着地した。
リズは着地するなり、ペタンとお尻をつけ両手をゴーグルの上にやり、頭を上下に振っている。
「く、空間魔法まで……」
「空間魔法? リズの定義する空間魔法とは何だ?」
リズ曰く、空間魔法とは魔法で作り出したこの世にはない架空の空間にモノを置いていつでも取り出せるようにするとかいうものだった。しかも、空間内は時間が停止しているんだと。
そんな素敵な魔法があるなら、絶対に利用するぞ。俺だってありとあらゆる食材の保管方法を研究したのだ。
しかし、空間魔法による保管場所を作ることは終ぞ叶わなかった。
凍り付けにすれば、かなり保管できるから、それで妥協したんだよな。懐かしい。
「小舟は転移魔法だな。リズは空間魔法とやらを使えるのか?」
「転移魔法と同じく空間魔法は伝説上のものであります!」
「つまり、空想の産物だと……」
「そうであります!」
魔法理論的に虚数空間を作り出すことは無理なのだよな。
数学でもそうだが、虚数って概念的な存在で現実にはあり得ないんだよ。
魔法理論は科学と随分違うが、できることとできないことははっきりしている。
俺の魔法理論が正しければ、空間魔法の概念は実現不可能と計算結果が出ているのだ。
「レインハルト様。ここで釣りをされるんですか?」
「おっと。そうだな。イカを狩る。イカは何十種類といるのだが、今回のカレールーに一番合いそうなイカはここにいる」
空間魔法のことで本来の目的を忘れかけていた。
知識欲を刺激されると、何をしていたのか忘れてしまうのは悪い癖だ。
「よし。一発入れる。耳を塞いでいた方がいい」
閃光が迸り、海面に直撃する。
ドゴオオオオン。
物凄い音とともに、水柱があがる。しかし、海水は小舟の上にいる俺たちに当たることはなかった。
その辺りは抜かりなく防御結界を張っているのさ。
ズバアアア。
俺の放った刺激に我慢できなくなったらしい、巨大な触手が水面に現れた。
怒り心頭と言ったところだな。
「あ、あの脚。クラーケンじゃ……」
「そうだな。クラーケンの中でも最も今回のカレールーにあうグランドテンタクルスだ」
あれ、リズが泡吹いて倒れてしまった。
心配したチルルが彼女を抱き、揺さぶる。
「すぐに目を覚ますさ。チルルはそのままリズを見ていてくれ。俺は奴を狩る」
小舟から浮き上がり、両手を巨大な触手に向ける。
再びの閃光が触手に突き刺さり、突き抜けた。
その先の海中には奴の本体がある。
「浮いてきたな」
閃光の一撃を食らったグランドテンタクルスは力を失い、海面に浮かび上がってきた。
「イカは手に入った。お次はエビなどの海鮮を集めるか。メインはイカだが出汁に使う」
出汁に使うだけなら、カニがいいか。
この後、カニを狩に向かう途中でリズが目を覚ますが、また気絶した。
結局彼女はイカもカニも実物を見ていない。
狩が終わり、砦跡のカレーライス屋に戻ってきた。
「リズさん。リズさん」
「ん。んん」
ソファーに寝かせたリズをチルルが揺すると、彼女の目が開く。
「あ……」
「お水をどうぞです」
起き上がり、ゴクゴクと水を飲み干したリズはようやく覚醒した様子。
「わ、僅かな時間で伝説が伝説じゃなかったことを確認したであります……」
「食材集めの後からが本番だ」
食材集めはあくまで研究前の過程だ。研究の本番は食材が揃ってからになる。
イカをメインにしたシーフードカレー。
どのようなスパイスが最適か。イカ以外にどのような具材を入れるべきか。腕が鳴る。
「是非、拝見したいのですが、夜には帰還しなきゃ……」
「送る。どこだ」
そうだったな。彼女は自宅に帰らねばならない。残念だが、この後の研究は俺とチルルでやる。
「帝国側の陣地に兵舎があるんですが、その隣に技術者向けの宿舎があるんであります」
「分かった。見る」
目を閉じ、遠見の魔法でリズから聞いた情報を元に宿舎を探す。
「よし。では行くぞ。チルル。すぐ戻るから待っていてくれ」
「はい!」
リズの手を取り、宿舎から徒歩十分くらいの林の中へ転移した。
「ここを真っすぐ進め。宿舎が見えてくる」
「あ、ありがとうございます。また、連れて行ってくれますか?」
「もちろんだ。研究の同志は歓迎する」
「やった!」
こうしてリズと別れ、砦跡のカレーライス屋に戻った俺はさっそく研究に取り掛かる。
イカをメインにしたシーフードカレー。
待っていろ。至高のものへと仕上げてやるからな。




