8.ポークカレー
「お二人からご要望を頂いたのはよいですが、どちらも、とはいきませんです」
「そうだな。明日出す日替わりは決めている」
「そうなのですますか!?」
「うむ。より困難な方を先に進める」
鬼族の男ギルからの要望は豚肉を使ったカレーである。もう一方の鬼族の女ミヅチは至高のカレーより辛口のものだ。
どちらがより完成品を作り上げるまで困難か一目瞭然だろ?
豚肉にする場合は牛肉からの変更に加え、豚肉に最適なスパイスの調整が必要になる。対して辛口の希望は具材そのものは既存のものと変わらない。
ならば、答えは明確だ。
「豚肉カレーを明日の日替わりにする」
「はい! ですが、豚肉……イノシシを飼育したものが豚……?」
「そのようなものだ。豚肉も抜かりはない。至高のカレーを作る過程で様々な肉を試したからな」
「様々……ですます……」
何を想像しているのか、チルルの顔が青ざめ、ネズミ耳がペタンとなり、尻尾もしなっとなっている。
「別に驚くことじゃない。カレールーに使うスパイスの種類に比べれば大したことはない」
「は、はい……レインハルト様のことだから、伝説の大海竜とか、凶鳥とかまで試したんじゃないかと……」
チルルの顔色を見て、無言を貫くことに決めた。
涙目で見上げてくる彼女に、つい喋りそうになってしまうが、ぐっとこらえる。
「豚とスパイスの補充に行ってくる」
「あ、あたちもご一緒していいですか?」
もちろんだ。彼女も連れて、転移魔法でまずは豚を取りに向かう。
この後、豚肉に合わせたカレールーの研究を行うのが楽しみでならない。
◇◇◇
翌朝、昨日の日替わり「パイナップルカレー」の噂を聞きつけたのか、初の人間の女性客が訪れていた。
女性客は歳の頃はダインらより少し下に見える。まだ20歳に満たないくらいか。彼女はスッとした切れ長で弓を背中に携えていた。
邪魔にならないようになのか、栗色の長い髪を後ろで結んでいる。
「店主。今日は紅一点もご来店だぜ」
お調子者のダインがガレスと彼女を伴いやってきた。
「彼女はセレナ。弓兵なんだ」
聞いていないのにベラベラと喋るダインはいつものことだから、特に俺から言うことはない。
紹介されたセレナはペコリと会釈をする。
仲間かと思ったのだが、食べる時は静かに食べたいらしい彼女は、ダインらと離れたカウンター席に座る。
ダインがせっかくだから一緒に食べようぜ、と絡みに行くも、眉をしかめられ、ガレスが彼を引っ張って行く。
「ほんとお前は」
「いいじゃないかよお。楽しく食べようぜ」
「静かに食べたい者もいるのだ」
「そうだな、うん」
なんて会話を交わしつつ、テーブル席に座る二人であった。
ずっと様子を見守っていたチルルもホッした様子だ。
「ご注文はいかがいたしましょうか?」
チルルが水の入ったコップを置き、弓兵のセレナへ問いかける。
「パイナップルという果実を使ったものがあると聞いのだけど」
「それは日替わりで……」
チルルがどうしましょう、とこちらへ視線を送ったきた。
「そいつは昨日の日替わりだな。甘いものがいいのか」
「辛すぎるものは苦手なの。変わった果実と聞いたから」
「ふむ。果実でいいのなら、ドリンクはどうだ? カレーを楽しめるドリンクだ。五分待て」
「五分……?」
セレナが何か言っていたが、もう俺の頭の中はどのようなドリンクを用意するかで一杯だ。
チルルがフォローしてくれているし、俺は俺の役目を果たそう。
彼女の希望は果実である。
カレーに合うソフトドリンクの定番はインドカレーでお馴染みのラッシーだな。
よっし、こいつにしよう。
「チルル。持って行ってくれ」
「はいー」
極上カレーに加え、オレンジ色のドリンクを彼女に配膳してもらう。
「これは……?」
「そいつはマンゴーラッシーだ。至高のカレーにもよく合う。マンゴーはパイナップルと異なるが、同じ熱帯地域で育つ果実だな」
セレナの問いに早口で答える。
彼女と会話を交わしつつも、カレーライスを作る手は止めない。
「店主-。今日は酒はないのか?」
「黒ビールならある。今日の日替わりも黒ビールが合う。五分待て」
別の客からの注文が入る。
黒ビールはある程度ストックしておく方がよさそうだな。
俺としてはマンゴーラッシーを試すセレナの様子を観察したいのだが。
横目で彼女を見ると、ちょうどカレーライスを食べ始めるところだった。
セレナはまず水を飲み、極上カレーライスをぱくりと一口。
ん。
と、眉根を寄せるが、二口、三口と進めていく。口にはしないが、満足して食べてくれているようだ。
ある程度食べたところで、マンゴーラッシーへ手を伸ばす彼女。
「ん!」
セレナがより一層、眉根を寄せる。
「あ、あの」
心配したチルルがセレナに声掛けするも、彼女は無言で首を左右に振った。
「ラッシーというのはヨーグルトに近い味なのね。マンゴーの甘さとよく合っていると思うわ。何より、辛めのカレーライスにぴったりね」
どうやらお気に召してくれたらしい。この日からソフトドリンクの提供も開始することになった。
◇◇◇
帝国側の来客時間が終わった後、鬼族とドワーフが来店する。
今日も来店したギルがチルルから日替わりを聞いて、喜色をあげた。
「おお。豚のカレーだって!?」
「ギルばっかりずるい!」
「あ、明日は激辛カレーと聞いているですます……」
ね、とチルルが困った様子でこちらへ目線を送る。
「その通りだ。明日は激辛カレーにする。今日はポークカレーを食べてみてくれ」
「楽しみにしているよ。店主。ポークカレーと極上カレーを二皿おくれ」
あくまで極上カレーを食べに来てくれる客を観察した結果になるが、鬼族は人間に比べて大食漢だ。
各自、男女関わらず、最低二皿は食べる。
もっとも、人間や獣人も体力勝負の兵士だから二皿食べるものも多い。
さて、明日は激辛カレーか。スパイスの点検から始めるとするか。




