5.十人十色
鬼族の兵士がカレーライスを食した翌日はこれまでで一番の盛況だった。
特に俺が指定したわけでもないのだが、一番最初に来るのが獣人の兵士。次に人間の兵士。最後に鬼族と彼らに連れられて初来店したドワーフの職人たちである。
入れ替わる時に多少すれ違うことがあったが、特にカレーライスを食すためのトラブルは起きていない。
俺としてはカレーライスをうまい、うまいと食べてくれればそれで一向にかまわん。
「よし、開店だ。チルル。看板を持て」
「はいっ!」
チルルが立て看板を外に出す。待っていたかのように獣人たちが入店してくる。
「いらっしゃいませー」
「チルル、カレーライスを一丁」
「俺は二皿頼む」
あっという間に満席になり、食べ終わった獣人の兵士と入れ替わるように新たな獣人の兵士が入ってきた。
いくら客が増えようとも、俺の動きは淀みない。最適な温度で至高のカレーライスを投入する。
チルルが配膳する時間も計算済みだ。抜かりはない。
「チルルちゃん。今日はますます盛況だね」
獣人の兵士でごった返す中、いつもの調子で軽口を叩くダインが来店。セットのぶっちょう面も同じくだ。あいつら四日連続だが、余程カレーライスが気に入ったようだ。ま、当然だな。ただのカレーライスではない。至高のカレーライスなのだから。
ところが、ぶっちょう面の方の様子がいつもと違う。
腹が減ってないのか? それなら、至高の味を味わうことができないぞ。出直すことをお薦めする。
「いらっしゃいませー」
チルルが案内しようとするも、カウンターに座る獣人の一人が立ち上がり、二人に向けてやじを飛ばす。
「おいおい。人間様が獣の群れの中でお食事かあ」
これに反応したのがガレスだ。
「そういうならお前たちが出て行けばいい。人間が優先されるべきだろう」
「おいおい、ガレス」
ダインがガレスを諫めるも、今にもやじを飛ばした獣人へ飛びかかって行きそうな勢いだった。当のやじを飛ばした獣人も同じくである。
「店主」
「店主」
獣人とガレスの声が重なった。
「そうだな。種族による懸念はある……」
「だろ?」
ガレスが我が意を得たりと反応する。
「料理を口にする種族は人間、獣人、エルフ、鬼、ドワーフ、魔人、竜人と多数いる。そのどれもが異なる舌を持つのだ。果たして至高のカレーライスが全種族に対し至高となりえるのか懸念していた」
誰もが無言となり、俺の言葉に注目していた。ならば、続けよう。これが核心だ。
「種族なんぞ関係ない。種族で優劣などない。優劣をつけるべきでもないのだ。みな、同じだ。等しくカレーライスが至高なのだ」
「レインハルトさまあ」
涙を浮かべたチルルが抱き着いてくる。
「すまん。ついあつくなってしまった」
「俺こそ」
獣人の兵士とガレスがお互いに謝罪し、握手を交わした。
「おい。冷めるぞ。早く食え。他の者もそうだ。せっかくのカレーライスが至高でなくなってしまう」
俺の言葉に皆、再度カレーライスを食べ始める。
「お二人ともお食事して行かれますよね?」
「食べるよな? ガレス」
「ああ」
チルルの問いに二人とも食事をすることを選んだようだった。
そこへ、先ほどの獣人が言葉を投げかける。
「俺が一つ横にずれる。並んで喰うといい」
「いや」
ガレスが獣人の隣に座り、彼を挟んでダインが腰を下ろした。
「チルルちゃん。俺たちには二皿頼むよー」
ひらひらと手を振るダインの顔も心なしかホッとしているようだ。
◇◇◇
「あたち。感動しました! どの種族も平等ってお言葉に」
「真実を述べたに過ぎない。誰にとってもカレーライスは至高の一品なのだよ」
今日の営業が終わった後、チルルと俺は遅い食事を取ろうとしていた。
当たり前だが、食事はカレーライスだ。
チルルと会話を交わしつつも俺の意識は彼女の顔へ向けられている。
以前から気になっていることがあった。
「いただきます!」
今日こそは見極めてやろうと、カレーライスを食べ始めるチルルをつぶさに観察する。
「それだ。その顔だ」
びくっとするチルル。
「な、なにかありましたか……?」
「チルルの顔が一瞬曇った。最初の一口だけだが。何かあったのではないかと思ってな。味が崩れていたか?」
「い、いえ。いつもながらおいしいです」
「ならば、何が君の顔を曇らせたのか」
興味深い。顎に手を当て考えこむ。
一度言い淀んだ彼女は意を決し、意見する。
「あ、あの。あたちのような子供には少し辛いかも……なんて」
「それだあああああ!」
歓喜の余り絶叫してしまう。
頭をかなづちで激しく打たれたかのような衝撃だった。
思えば前世、レトルトカレーのコーナーで色んなカレーがある中、お子様用のカレーを見かけたことがある。お子様用カレーとは、幼い子供にとって最適化されたカレーなのだ。今の俺にとって至高でも、辛みをうまさと感じる舌がまだ育っていない子供にとってはそうじゃない。
「そうか、そうか。そうか。子供だけじゃない」
自分にとっての至高のカレーは「自分にとって」だけだったのだ。
単に飽きるからシーフードカレーがあり、ポークカレーがあるわけじゃない。辛口も中辛もあるわけじゃない。
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだ。おいしくカレーを食べてもらうことによって満たされていた虚無が埋まり切っていない気がしていた。
「研究だ!」
そう。研究欲が満たされていなかったのだ。「自分だけ」の至高にしか目がいっていなかった。人に食べてもらい至高だと言ってもらうにはその人の嗜好に合わせねばならぬ。
「あ、あの……レインハルト様……」
「チルルにとっての至高。ダインにとっての至高。いいじゃないか、任せておけ。必ずや各人の至高へといざなってやる。それこそ、俺が生きている意味だ」
たらりと冷や汗を流すチルルである。
「で、ですが、レインハルト様。たくさんのお客さんに色んな種類のカレーライスを提供するには鍋の数も……」
「確かに」
沈黙がおとずれた後、チルルのネズミ耳がピンとなり、ポンと手を叩いた。
「そうだ。レインハルト様。今のカレーに加えて、毎日日替わりで色んな種類のカレールーを提供するのはいかがでしょうか。もう一つくらいならなんとか鍋も」
「それだああああああ!」
よおし、日替わりカレーをメニューに加えることにしよう。
明日からが楽しみだ。




