4.喰うのか?喰わないのか?
今日もカレーライス屋は好調だ。
「よお。今日もカレーライスをくれー」
「店主。俺にも頼む」
早速、軽口のダインとぶっちょう面のガレスが来店する。
「ダインさん、ガレスさん、いらっしゃいませ」
「チルルちゃん、ちーっす」
「おかげ様で昨日も今日も大盛況だったんですよ」
「そいつはここのカレーライスがうめえからだって。な、ガレス」
無言で頷くガレス。
昨日は獣人の兵士たちが店一杯に訪れた後、入れ替わるように人間の兵士が押し寄せた。
今日も同じく先ほどまで獣人客でごった返していたが、今はちょうど彼ら二人だけになっている。
「お前、獣人にまで声をかけたんだってな」
「いいじゃねえか。うまいもんはみんなで食べるのがいい。同じ釜の飯を食ってる仲じゃねえか」
「……まあいい。うまいのは事実だ」
「ひゃー。きたきたああ」
獣人や人間の兵士が多数来店するようになったのは、お喋りなダインが噂を流してくれたからだったのか。
ありがたいことだ。俺のカレーライスが至高の一品であることは間違いないが、来てくれないことにはこの素晴らしさが分からないからな。
カレーライスをかっこむ二人。食べた後、水を一息に飲み干した彼らが「ご馳走様ー」と手を振り去っていく。
食べ終わったら、チルルがすかさず皿を下げ、交代で皿を洗い次の準備に取り掛かる。この動きにも慣れてきた。
最初は俺が、あたちが、とぶつかったりして効率が悪かったのだが、自然と今の動きに合わせて動けるようになっている。
彼らが退店するとすれ違うように仲間の人間の兵士たちが入店してきた。
途端に店内が騒がしくなる。こういう時こそ、カレールーとライスの温度管理を厳重にせねばならん。少しでも違えたら味が落ちる。この辺りの温度管理はコンロで火をつけるより、魔法で温める方が優れているのだ。現代日本では成しえぬ業だぞ。異世界に生まれ変わって幸運だったと思える事象の一つだな。
「チルル。三皿あがりだ」
「はいー。ただいまあ」
レインハルトの出した皿をテキパキと配膳していくチルル。
その時、外が騒がしくなった。無言で外に出る二人。
騒然とする店内だったが、キッチンカウンターから出て、周囲に目配せする。
「君たちはそのまま食べておけ。でないと、カレーの味が落ちる」
全く、あの二人はまだ配膳していなかったからいいものを。配膳後だと後悔してもしきれぬ損失になってしまうところだったぞ。「やれやれ。チルル。客を連れ戻してくる」
「あたちも行きます。皆さん。ごめんなさいですます」
俺の後ろにちょこちょことチルルが続く。
外でもめていたのは、二メートルもあろうかという鬼族の兵士と人間の兵士二人。
鬼族の兵士は筋骨隆々で上半身裸の上からベストを羽織っている。体を見れば一目瞭然なのだが、頭から生えたツノが一本であることからも男だと分かる。稀に三本ツノの鬼族がいるのだが、三本ツノについては男女どちらもいるのでツノだけでは区別がつかない。もっとも、鬼族は彼のように薄着の者が殆どなので見れば男女のどちらかは分かる。俺としては性別なんてどちらでもいい。
ただ、客かそうじゃないかだけだ。
今にも斬り合いになりそうな雰囲気のところを割って入る。
「おい」
人間二人と鬼族一人の視線が俺に向く。聞きたいことは一つだけだ。
「食べるのか。食べないのか。どっちだ?」
「それどころじゃねえ。鬼のやつがいるんだぞ」
人間の兵士が俺の問いに応じる。彼に被せるようにして鬼族が言い放つ。
「鬼の奴とは失敬な。ここで切り伏せてやる」
「一人でどうにかできると思ってんのか」
「一人だと思ったか?」
鬼族がそうのたまい、右後方へ視線をやる。
一触即発の空気が流れるが、先に聞いた俺の質問に回答して欲しいものだ。
「はわわわあ」
場の空気に当てられたチルルが足元に縋りつく。
「チルル。扉を開けてくれ」
「は、はいいい」
チルルが店の扉を開けると、ふわりとカレーの香りが漂ってきた。
「おい。もう一度聞く。食べるのか。食べないのか?」
「いい匂いだ。たまんねえ。ってそうじゃねえ! 食べたかったけど、それどころじゃねえってんだよ」
「なら食べるといい。入れ」
「ど、どうぞ。こちらですます」
チルルに目で合図するも、兵士二人が動こうとしない。
行くなら早く行けと言ってんだよ、と思いを込めて睨みつけたら、彼らバツが悪そうに店内へ向かう。
残った鬼族の兵に向けて改めて問う。
「君はどうするんだ? 食べるのか? 食べないならお引き取り願おう」
「本当にうまそうな匂いだ。最前線で何がと思ったが、この匂いは絶対にうまい! 俺も食べたいが……」
「なら食べるとよい。ただし、店内では喧嘩はご法度だ。カレーのうまさを損なう」
「俺がやる気なくても」
ふむ。そういうことか。
全く小競り合いとは嘆かわしい。カレーライスを食べに来たのなら、カレーライスに集中するのがカレーライスに対する礼儀ってもんだろう。
目を閉じ魔力を込める。
すると、足元から魔法陣が浮かび上がり、光となりて店を砦跡ごと包み込む。
これを見た鬼族の兵士はワナワナと体を震わせ膝が落ちそうになっていた。
「む、無詠唱だと……! 熟練した魔法使いの中には無詠唱で魔法を使う者がいると聞いたことがある。いや、見間違いだよな! 無詠唱で魔法陣が出るとかありえねえ」
「些末なことだ。素材を集めるために詠唱を省略するようになったのだ。一分一秒でも欲しいだろ?」
「い、意味が分かんねえ。それにこの膨大な魔力……」
「なあに大したもんじゃない。喧嘩をしようとしたら麻痺するだけだ。おっと、麻痺して倒れた時にカレー皿をひっくり返すかもしれんな。こちらも対策をせねば……」
食べ終わりかけならまだしも、一口、二口食べてこれからだというところで、皿がひっくり返ったら興ざめも甚だしいだろ。
「さ、入った。入った」
「お、おう」
鬼族の兵士を連れて店内に戻る。
ざわっとする店内であったが、誰も何も言わず、立ち上がろうとする者はいなかった。
そらそうだろう。カレーライスを味わっているのだから当然だ。戦う気など起きようはずもない。
結界魔法はやり過ぎだったかと思いつつも、鬼族の兵士を隅のカウンターへ案内する。
「さ、上がったぞ。チルル」
「はいい。すぐお持ちします!」
カレーライスを配膳された鬼族の兵士は、まず鼻をひくつかせ香りを楽しんでいるようだった。
分かっているじゃないか。
次に周囲の様子を伺い、ライスとカレールーを混ぜパクリと一口。
「う、うめえ! 辛いのがたまらんな!」
うむ。やはり至高のカレーライスは最高だ。




