49.カレー研究には回復魔法も必要なのだ
「誘ってくださり舞い上がっておりました。申し訳ありません。天空竜様をお一人にするわけにはいきません」
「グウェインは待っている、と言っていたぞ」
「天空竜様が私たちに『待っている』とは……感激です」
「なら、行くか」
グウェインが「待っている」と言っていたのは事実だ。
◇◇◇
「レインハルト様!」
「戻った」
階段を下りる俺の元へチルルがパタパタとやって来る。
「しばし、注文をとめてしまっていたな。先に注文を全てさばく」
「私たちはお待ちしております」
階段途中で立ち止まった巫女のカグラたちへ顔を向けながらチルルへ願う。
「チルル。三人を客室に案内しておいてもらえるか? しばし落ち着くまで」
「はいい」
俺の横を抜け、チルルが彼女らを客室へと案内しに向かった。
「店主。そこへ竜人たちが来ていたのか?」
「そうだな。しかし、注文が先だ」
戻るなり、待ち構えていたシュテン族の族長ベルガが右手をあげる。
しかし、竜人らは後だ。カレーの配膳は注文順だと決めてあるからな。
俺が迎えに行ったとはいえ、店のルールは絶対なのだ。
「待っておったぞー」
テーブル席に座っていたドワーフらが一斉に両手を上にあげ、先に酒だーと注文をする。
ささっと注文通りに酒を作りながら、カツを揚げて行く。
「レインハルト様ー。お待たせしました」
「さすがのタイミングだ。これを」
「はいいー。皆さんお待たせしましたー!」
「おおー! 酒だー。カレーだー」
ドワーフらがさっそく乾杯をして一杯やりつつ食べ始めた。
「おお。このカラッと揚がったカツにカレーの辛みがたまらんな」
「黒ビールと合う!」
よしよし。残すは鬼族数人だな。
こちらもちゃちゃっと注文を受け、全て配膳する。
「では。お呼びしてきますね!」
チルルが竜人らを呼びに向かう。
ところが、血相を変えた彼女が俺を呼ぶ。
「レインハルト様あー」
「何かあったのか?」
「あたちじゃ、どうにもこうにも」
「分かった」
腹が減り過ぎて倒れてしまったとか? ならばすぐにカレーを出さねば。
「すまん。しばらく店を開ける」
「俺たちが待っているだけだ。もう注文をする戦士はいない」
「あたしが見ておくさ」
ギルが胸をドンと叩き、ミズチもまた親指を立てる。
「ちょ、ちょっと落ち着こうぜ」
客室から声が漏れ聞こえてきた。
この声はリョウだな。カツカレーを食べに来たんだろうが、またヴェルネーゼに引っ張られて困っているのだろう。
リョウとヴェルネーゼの関係性は知らんが、リョウもやるべき仕事をしてから来た方がすっきり食べることができるんじゃないか?
「全く、リョウの奴」
「ここから声が聞こえるのですか?」
ふうと肩を竦めると、チルルが不思議そうに首をかしげる。
「ああ。防音の魔法をかけてはいるが、俺には無効にしているんだ。リョウやヴェルネーゼも自己解除する分にはできるようにしている」
「お食事を落ち着いて食べるため、ですよね」
「そうだ。外の音が気になっては食事の美味しさを損ねるだろ」
「はいー」
ふんすとチルルが両手を握りしめた。
おっと、喋っている場合じゃなかったな。リョウにも困ったものだ。カレーがどうしても食べたい気持ちは分かるが。
「だ、大丈夫だって。ほら」
「シオン。ここはレインハルト様の巣です。落ち着きなさい」
リョウがヴェルネーゼを後ろから羽交い絞めにし、シオンの肩をリュウガが掴み、彼をカグラが説得している。
何があったんだ? カツカレーと極上カレーのどちらを選ぶかで喧嘩になったのかもしれない。
「別に両方食べたいのなら、出せるぞ」
「いきなりのレインハルト節。そもそも、俺たちはまだ今日の日替わりが何かも分かってないからね」
「カツカレーだ」
「ひゃっほー。カツカレーだあ。ぐお」
俺の言葉に真っ先に反応したリョウであったが、羽交い絞めしていたヴェルネーゼがするりと抜け出し、彼に肘うちをかます。
もんどりうって倒れるお約束のリョウであった。
この分だとリョウが食べられるのは少し後になりそうだ。
ならば、この場で真っ先に会話ができそうな者を。当たりを付ける前にカグラが胸に右手を添え、軽く頭を下げる。
「申し訳ありません。レインハルト様の巣で騒いでしまい」
「好み(カレー)で論争になるのはよくあることだ」
「魔人……その中でも選りすぐりの者が突如鉄扉から現れたため、若いシオンが飛び出してしまい」
「そ、それで、お嬢様と一触即発になったんだよ。大人げ……あ、いや、なんでもありません。はい。お嬢様はいつでも可憐で冷静であられ、ぐあ」
よろよろと立ち上がり、補足しようとしたリョウがまた倒れた。ほんと騒がしい奴だな。
面倒だ。
さっと右手を彼に向けかざす。
「あ、あれ。痛みがなくなった」
「リョウなら回復魔法くらい知っているだろ」
「お、おお。回復魔法をかけてくれたのか。印も呪文も使わずにとは相変わらずものすげえな」
「よく使っていたからな。効率化しておかないと研究時間が減る」
こ、このカレー脳、とリョウがこぼすが、彼以外の反応は異なった。
「神へ帰依しておられないレインハルト様が回復呪文を……」
「巫女でも神薙でもないレインハルト様が……」
ヴェルネーゼとカグラの言葉が重なり、竜人の護衛二人が顔を見合わせ呆気にとられた様子である。
「お、落ち着いたのですか?」
「チルルさん、ごめんな。竜人と魔人はお互いに警戒しているところがあってさ」
「ほええ。そんなものなのですか」
「そうなんだよ。こう、お互いに実力を認めているからこそ、不干渉にしているというか」
恐る恐る客室に入ってきたチルルへリョウが笑顔を向け、彼女へ事情を説明していた。
「分かったような、分からないような……ですます」
「そうだな。レインハルト流に言うなら、カレーの好みが余りに違うから喧嘩になりやすくて、なるべく接触しないようにしている……少し違うような」
ふむ。完全に理解したぞ。それなら仕方ないな。好みの差を覆すほどのカレーは不可能だ。解決策は十人十色。どちらも満足するカレーを作ればいい。




