43.カツカレーマイスター
「田んぼの作りが面白かったです!」
「小麦畑に比べ田んぼを作るにはコストがかかるであります。広まらなかった要因なのか興味深いであります」
感想を述べるチルルに対し、店へ戻るや否や、考察に入るリズ。
研究者は四六時中、研究のことばかり考えているから、彼女の気持ちは理解できる。
俺だとて至高のカレーが完成した後となっても、未だにカレーのことばかり考えているからな。
「さっそく、いただいた米を使うか」
「米は小麦と違ってすぐに食べられるでありますか?」
「いや、脱穀して乾燥させて、など工程があったはずだ」
「……魔法でありますね」
げんなりとするリズであったが、彼女の言う通り全て魔法で解決する。
そもそも、稲を刈り取ったのも魔法だったじゃないか。今更全て手作業でやる気など毛頭もない。
「あ、レインハルトさん。戻ったのね」
「結構待たせてしまったな」
ラフな格好をしたセレナが俺たちの話し声に気が付いて、上から降りてきた。
「ううん。全然待ってないわよ。どれも素晴らしい調度品だったけど、特にお風呂が素敵だったわ」
「風呂の使い方は問題なかったか?」
「ええ。お湯が出るシャワーも最高。髪を乾かす魔道具も心地よかったわ」
「気に入ってくれたようで何よりだ。この後、長い粒の米でカレーにしようと思っているが、セレナも食べて行くか?」
是非、と即答するセレナに加え、チルルとリズにもマンゴーラッシーを作って渡す。
しばし待たせるからな。
「少しかかる。チルルとリズも風呂へ行っていても良いぞ」
「リズさん。ご一緒しますです?」
「お願いするであります」
チルルとリズが風呂へと消えて行った。
ちゃんとマンゴーラッシーを飲み干してから。
「セレナは酒をたしなむ方なのか?」
「ガレスたちほどじゃないけど、飲むわよ」
「そうか。風呂上りならビールでいいか。マンゴーラッシーの後ですまないが」
「いいの!? 是非、お願い」
ビールと適当につまみを出して、俺は俺でカレーの準備を開始する。
時間がないため、ルーは極上カレーでいいか。長い粒の米と合わないかもしれないが、ひょっとしたら三人のうち誰かに刺さるかもしれないものな。試してみる価値はあるか。
「……いや、やはりインド風カレーにしよう」
長い粒と極上カレーの組み合わせはやはり美学に反する。
インド風カレーとなれば、現在日替わりで出したことのあるものはダルカレーとバターチキンカレーだ。
今から新作……は心躍るが、今晩の食事にありつけなくなるのは本末転倒か。
日本ではダルカレーとバターチキンカレーより有名かもしれないキーマカレーだろ。
それに、これまで作ってこなかった野菜を溶かしこんだ種類のカレーであるサグカレーもよいな。
サグカレーはほうれん草とチーズがメインの具材で、組み合わせを知るだけでおいしいと想像できる。
「セレナ。ほろ酔い中にすまない。ダルカレーとバターチキンカレーのどちらと合わせるのが好みだ?」
「今はバターチキンが食べたいかな。お肉がいいわ」
「なるほどな。肉をキーに判断するか。それもまた良し」
「ダルカレーも好きよ」
ふむ。体を動かしたから肉が食べたい、なのかもしれん。
俺は特段疲れてもいないし、正直、バターチキンとダルカレーのどちらかを選べと言われると甲乙つけがたく、悩んだまま朝になる自信があるぞ。
◇◇◇
「よし。完成だ」
「さっきから良い香りが漂ってきて、お腹が鳴っちゃってました」
カウンターで並んで座っていたチルルが立ち上がり、自分のお腹に手を当てる。
立ち上がったチルルが手際よく皿の準備をし始めた。
遅れて彼女の意図を察したセレナとリズも彼女を手伝う。
「いただこう」
「いただきます!」
ふむ。バターチキンカレーには長い粒の米でもいけるな。好みによっては長い粒の方がいいという者もいそうだ。
「ナンもよいけど、ライスも良いわね」
「自分は料理のこと余り分からないですが、レインハルトさんのカレーはどれもおいしいであります」
セレナとリズの二人にも概ね好評で、明日の日替わりはこれにしようと決める俺であった。
彼が来訪するまでは。
ドダドタ。
と騒がしい階段を下りる音が響いてくる。
「や、やあ」
苦し気な顔で挨拶をしてきたのはリョウだった。
後ろにヴェルネーゼが張り付いていて、無理やりここまで来たのかもしれない。
「レインハルト。一つ伝え忘れて、やって来た。って、いい香り過ぎるだろ!」
「喰うか?」
「もちろん。いいよな、ヴェルネーゼ」
「仕方ないわね。この香りには耐えられないもの」
何かを伝えにきたリョウであったが、カレーを楽しんでいる間は無言でガツガツ食べていた。
そうだとも、カレーを食べる時はカレーに集中したくなるよな。
「ご馳走様」
「カレーを食べに来たんだろ? 急いでいるようだったから、すぐ帰るのか?」
「カレーを食べに……ってそんなわけあるかー。余りにおいしそうな香りだったから、つい」
「おいしかったのならそれでいいじゃないか」
そうだな、うん。と立ち上がろうとしたリョウが、そうじゃないってばよお、と突然叫ぶ。
「はあはあ……。カツのことで一つ伝えに来たんだよ」
「ほほお。これから食べるのか。問題ない。用意するぞ」
「そうじゃないって。このカレー脳め。ええとだな――」
「ふむ。君の提案を実施してみようじゃないか」
リョウはリョウなりに考えた結果なのだろう。ならば、カツカレーマイスターの意見を尊重し、明日の日替わりは変更することにしようか。




