40.カレーパン
《まるで足りんな。美味ではあるが》
「カレーも悪くないだろ」
《そうだな。以前、お主の作った同じものに比べれば随分と成熟しておる。これなら美味と言って差支えない》
「おお。味が分かる口じゃないか! これまでの非礼を詫びさせてくれ」
ドラゴンにカレーの味なんぞ分からぬとたかをくくっていたが、それがどうして。
以前、グウェインは俺の作ったカレーを舐めたことがある。
カレーのエルフと彼が呼んでいることから想像がついたかもしれんが、実食もしていたのだよ。
あの時はたしか、五十年は前だったか。
俺だとて、進化させて至高のカレーまで至ったのだ。ふふ。味が分かるのなら大歓迎だ。
「グヴェイン。君を満足させるカレーライスを提供する。必ずだ」
《ほほお。待っておるぞ》
満足し、帰還するレインハルトだった。
これが、戦場に戦慄を招くことになろうとは、誰も知る由がなかった。
俺もまた同じ。まさか、このような状況になろうとは……。
◇◇◇
《本日はお休みです!》
営業をと思っていたのだが、休みの日を設定していたのを忘れそうになっていた。
休みの日は、カツの研究をするか、グウェイン用のカレーの研究をするか悩む。
腕を組み唸っていたら、階段を下りてくる音が聞こえてきた。
あの足音はチルルではない。俺の記憶によると、リョウだな。
「よお」
「さっそく始めようか」
手をあげ軽い感じで挨拶するリョウに鋭く切り返す。
御託はいい。とっとと始めるべきだ。時間は有限なのだぞ。エルフである俺がそう思うのだから、魔人ならば余計に時間が貴重なはず。リョウが忙しい合間を縫ってカツの研究に付き合ってくれるのだから、時間が惜しい。
「さっそくって……」
「カツに決まっているだろう」
「あ、そ、そうね。カツカレーだよね、うん」
「肉は色々あるぞ」
興奮からか汗を流しているリョウのやる気に少しばかり感動しつつも、ドスドスと肉の塊を次々と置いて行く。
全部で10種ある。これだけあれば、どれか一つは最高のカツカレーになるのではないだろうか。
いや、カツカレー道もそれほど甘いもんじゃあない。
俺は趣味ではないが、日本風カレーの店では必ずと言っていいほどカツカレーがある。
カツカレーはもはやカレーライスのバリエーションの一つではなく、カツカレーというジャンルを確立していると言っても過言ではない。
そんな一大ジャンルを攻略しようというのだ。一筋縄でいくわけがないだろう。
とはいえ、一からカレールーを作った時ほどは困難じゃあない。スパイス類は全て揃っているからな。
「肉の種類ありすぎだろ……」
「色々用意したと言ったろう」
「え、カツカレーって豚肉じゃなかった?」
「なんだと! 店によってはビーフもあるだろ」
「確かにそうかもしれん。お高めの店とかならあるかも」
「かつての店の味にとらわれず、リョウの一番の好みを採用したい」
今回の羅針盤はリョウの舌だ。彼にとっての最高が至高のカツカレーとなる。
カツカレーは今のところこの世界に存在しないから、カツカレー好きで食べ慣れた彼の舌を基準に据えるのが一番だと思ったのだ。
しばし、右から順に肉の説明をしていたら、ゴーレムと共に掃除をしていたチルルがキッチンに顔を出す。
「あ。リョウさん。こんにちは」
「チルルさん。レインハルトがすぐにでもカツカレーの研究をするとか言ってて。そろそろお昼だよね」
「は、はい」
「レインハルト。何か食べよう。そうしよう」
困り顔のチルルと笑顔一杯のリョウであった。
「チルル。今日は休日だ。何か作ろう。パンでいいか?」
「あたちは何でも」
「こんな時はズバッと言わないといけないぞ。チルルさん。レインハルトのことだ。パンと言ったらナンが出てくるぞ。それじゃあ、もう何度か食べているじゃないか」
その通りだぞ。チルル。
遠慮せず、好みを言うといい。
「そ、そうはおっしゃられましても、あたち、今までにおいしいと思って食べた記憶がカレーライスしかなくて」
「よっし。じゃあ。パン好きなら、カレーパンはどうだろう」
「悪くないアイデアじゃないか。カレーパンを作ってみよう」
「よ、よくわからないですが、あたちのためにありがとうございますです!」
深々と頭を下げるチルルの頭を撫でる。
「しばし待て。すぐ作る」
魔法で一気にやってしまうとしよう。
カレーライス以外にはさほど拘りはないからな。魔法で作った場合は、機械生産のように均質になるのだ。
小麦をドサドサと出し、魔法をかけると、一息に捏ねられ後は焼くだけとなる。
再び魔法を加えると、焼き立てパンになった。
ここに特製カレールーを入れ、揚げる。
ジュワアアアア。
「わああ。おいしそうな音ですね」
「たまらんな。この油のはじける音」
二人がフライ鍋を覗き込む。リョウの頬に油が跳ねたらしく、のたうち回っていた。
「うーむ。まるで納得できるものではないが、腹は膨れるだろ」
「いただきまーす」
「いただきます!」
三人で手を合わせ、揚げたてのカレーパンの実食タイムとなる。
「はふ、はふ、おいしいです」
「これこれ、これだよ。伝統と格式のカレーパン」
まあ、悪くはない。漂うカレーの香りが良い。
トントン。
またしても階段を下りる音が響く。
「リョウ。また勝手に抜け出して……わああ。いい香り」
「ヴェルネーゼも食べるか?」
「いいのですか!? 是非、頂かせていただきますわ」
しずしずとお辞儀をするヴェルネーゼであったが、顔をあげた後、キッとリョウを睨んでいた。
対するリョウは気まずそうに目を逸らす。
「ささ、ささ。レインハルトも食べていいと言っているし、食べよう」
「へえ。ナンとはまた違った感じね」
ヴェルネーゼが目を細め、満足そうに笑顔を浮かべる。




