39.かまってほしいドラゴンさん
「今日はリズさんがいらっしゃらないですが、よいのですか?」
「いないものは仕方ない。時は待ってくれるのだ。思い立ったが吉日だ」
「はいい」
「リズは自分の仕事もあるらしいから、仕方ないさ」
ポンポンとチルルの頭を撫でる。
今日はリズが来店せず、そのまま仕入れの時間まで店にいることもなかったのである。
最近、リズが食材収集へ同行することが多かったが、それでも半分くらい同行したくらいの記憶だ。
「そうですよね。ご一緒することが多かったので、ついリズさんと一緒にと考えちゃってました」
「リズが行きたそうならまた誘えばいいさ」
グウェインはともかく、天空都市の市場へ行くことは多々ある。
海底都市と同じく、変わった食材の宝庫だからな。俺も色んな食材を自作しているが、全てではないし、仕入れた方が早い食材もあるのだよ。
「明日は激辛ポークカレーの予定だ。バターチキンカレーほど調整が必要でないから、研究に朝まではかからんだろう」
「安心しましたですます」
「だが、別件で気になることができてな」
「竜人族のみなさんの好みのことですか?」
チルルも鬼族との会話を横で聞いていたので、何をしようとしているのか予想がついているようだ。。
「竜人……好みを聞けそうな相手となると……」
「て、天空竜様に聞こうなんて言いませんですますよね」
びくびくするチルル。
グウェインに聞いてもどうにもならんだろ。彼に誰か竜人を紹介してくれ、と尋ねるわけにもいくまい。
いや、グウェインの元へ行くのは悪くない。
「チルルはいつもいいアイデアをくれる」
「え、え、いや……」
「そうだな。あの場に行けば、竜の巫女と護衛の二人がいるじゃないか」
「そ、そうですますか」
チルルの目が泳いでいるが、謙遜せず胸を張って誇っていい。
俺には特に竜人の知人と呼べる者はいない。天空都市の店主もいつの間にか代替わりしているし、巫女や護衛も同じだ。
グウェインは変わらずあの場にいるが、竜人じゃあないからな。
しかし、グウェインの元には常に巫女や護衛が詰めている。ならば、彼の元へ行けば、自動的に竜人に会うことができるという寸法だろ。さすがだよ。チルル。
「よし、行くぞ」
「はいい」
高笑いをあげながら、グウェインの元へ転移する。
◇◇◇
グウェインの住む洞窟をスタスタと歩いて行くと、竜の巫女と護衛二人の姿が見えてきた。
「レインハルト様。天空竜様にご用でしょうか」
「いや、君と護衛の二人に用があって来たのだ」
竜の巫女は自分に? と驚いた様子。
「わたくしも護衛もあなた様に相対すような者では」
「君たちにこそ聞きたいのだ。グウェインじゃあ、ダメだ」
「天空竜様にそのような……」
「何事も適材適所だろう」
俺の目的は竜人の味の好みである。本物のドラゴンであるグウェインはお呼びじゃあないのだ。
そもそもグウェインに味の好みなどあるとは思えない。いや、それは言い過ぎだ。
喰らう獲物の肉の好みはありそうだな。同じ獲物でも部位によって歯ごたえが違うし。
くいくい。
俺の後ろにしがみついていたチルルが遠慮がちに服の裾を引っ張る。
「あ、あの、レインハルト様。グウェイン様にそのような物言いはよいですますか」
「ん? 別に変なことを言ったわけじゃないだろ。用があるのはグウェインでなく、竜人の彼らなのだから」
チルルがびくびくして完全に俺の後ろへ隠れてしまった。
ふむ。彼女の言わんとしていることが分かったぞ。
「そうか。(戸惑っていたのは)ちゃんと自己紹介をしていなかったからか。俺はレインハルト。こっちは俺の相棒のチルルだ」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。わたくしは巫女のカグラ。こちらはリュウガとシオンです」
「護衛長のリュウガです」
「シオンっす」
各人と握手を交わす。
ふむ。やはり彼らが戸惑っていたのは、挨拶の前に要件を伝えようとしたからだな。
竜人の社会も人間と同じく社会性があるので、グウェインのようにやるのは間違っていたか。
どうも俺はこういった社会性に疎いところがある。日本にいた時はサラリーマンだったってのに、長い年月とは俺からここまで社交性を失わせるとは恐ろしい。
といっても、日本の社会習慣がこの世界で通じるわけではないのだ。変に日本の習慣を持ってくると、逆に手ひどい目に合う。
いっそ完全に社会性がない方がやりやすいこともある。……すまん。単なる言い訳だ。
「好みの食材を教えてくれないか。カレーライスの材料にしようと思ってな」
「はい。特に秘匿することでもございません」
竜の巫女が先陣を切り、続いて護衛の二人も自らの好みを嫌がることもなく教えてくれた。
意外なことに巫女はドラゴンフルーツのような南国系の果物が好きみたいだ。
護衛の二人は肉と予想通り。
辛いものは全員問題ない。竜人はスパイス食が普通らしく、どのような料理でも辛みがあるのが普通なのだそうだ。
残念ながら、スパイス大国であっても、カレーライスを出す店は見たことがない。
もし、そのようなレストランがあるのなら、俺が見逃すわけもないのだがね。
《おい。レインハルト。我の好みは聞かぬのか?》
唐突に脳内へグウェインの声が響く。
「そのまま何でも生で喰うんじゃないのか?」
《調理したものも食す。ただ、量が準備できぬから腹が満たせぬだけだ》
「ほう。少しだけ味見してみるか?」
手を振り、カレー鍋を出現させるレインハルト。
「と、突然鍋が!」
「伝説の空間魔法か!」
「いや、これは転移魔法だな」
ひっくり返りそうになる竜人たちの理解が間違っていたので、転移魔法由来だと補足しておいた。
カレー鍋を持ったまま、グウェインの元へ向かう。
「自慢のカレールーだ」
グウェインの前へカレー鍋をトンと置く。
彼がペロリとカレールーを舐めたら満足した様子であるものの、ぐるぐると喉を鳴らす。




