38.バターチキンカレー
《本日の日替わりはバターチキンカレー》
「レ、レインハルト様。また朝までキッチンに立たれていたのですますか!?」
「何とか間に合わせたぞ」
軽く作ることができると思っていたが、ダルカレーの時のようには行かなかった。
スープカレーの時と同じく、ルーの構成が根本から違うようでな。しかし、ようやく満足できるものができた。
やはりカレーは奥が深い。楽しすぎるぞ。
「チルル。立て看板を持て」
「はい。ただいまー」
今日もチルルの元気な声が店内にこだまする。
「いらっしゃいませー」
獣人客の時間が終わり、人間の兵士が店内に増えてきた。
「やあ。チルルちゃん。今日も日替わりで頼む」
「俺も」
ダインとガレスの二人が来店する。本日はセリスとリズの姿はなく、代わりなのか神父が彼らと一緒に来たようだ。
神父はまず酒を注文してから、チルルに本日の日替わりがどんな内容なのか聞いている。
「日替わりのバターチキンカレーはバターの濃くとチキンのジューシーさがおいしいですよ」
「ほおほお。ではそれで。私はライスでお願いするよ」
「はい。かしこまりましたー」
神父は慈愛のこもった笑みを浮かべ、黒ビールを口へ運ぶ。
「お待たせしましたー!」
「待ってました」
バターチキンカレーとナンのセットを二つ。ライスのセットは一つ。
追加で、トンと更にこんもりと持った干しブドウを置く。
「お。レーズンとはこれまた」
「店主が出すのだ。きっとこのカレーに合うに違いない」
ダインとガレスがお好みで付け合わせる干しブドウに少し驚いた様子。
いや、インドカレーぽさを出すために干しブドウを付けてみたのだが、合う、合わないは個人差があるだろうな。
「お。おお。こいつはいいかもしれん」
「甘さでより辛さをハッキリと分かるな」
「つまみにもよいですな」
む。むむむ。
案外好評なのかもしれん。俺は辛いものに甘いものを混ぜるのは反対派である。
しかし、好む者もいるとは理解しているのだ。十人十色の精神でインド風を装うため、付けてみたのだが、予想外の好評さに微妙な気持ちになる。お、俺は趣旨替えなどせんぞ。
甘いもので、舌をクリアにし、再びカレーを食べる。理屈は理解できるのだが……。
これは、酢豚にパイナップルを入れるか入れないか論に通じるものがある。
俺はもちろんパイナップルは入れない派だ。ハンバーグにパイナップルも同じく。
だが、酢豚にパイナップルが入っていたり、ハンバーグにパイナップルが乗っていることを知っている。そして、それらが人気なことは事実だ。
この味わい方はチルルもお気に召しているようなので、彼女に意見を求めるか。
他に合わせるとおいしくなる果物があるかもしれないからな。理解できずとも探求心は捨ててはならないのだ。
「おいしかった! また明日なー」
「はいー。お待ちしております」
チルルが三人を見送り、店内の客もあと僅かになってきた。
全員が退店し、十五分くらいで最初の鬼族とドワーフが来店する。
「ふう。この時の酒のために生きているわい」
「そうじゃな。そうじゃな。今日は神父さんはいないのかな」
「はいー。さきほど帰られましたよ!」
チルルはすっかり慣れたもので、笑顔のまま答えつつ、ドワーフ二人を席へと案内した。
「ほほお。今日の日替わりはバターチキンカレーか。どんな酒が良いのかの」
「神父さんは黒ビールを頼まれておりました」
「ほおほお。さすが神父さんじゃ。儂らもそうするかの」
「そうじゃの、そうじゃの」
ドワーフ二人はほほほと笑い、黒ビールとバターチキンカレーにライスを注文する。
お次は常連の鬼族ギルとミヅチが来店してきた。
「日替わりとワインを頼む」
「あたしも同じにしようかな」
先にワインを届け、ちびちび飲みながらバターチキンカレーを待つ鬼族の二人。
「俺は戦うのが嫌いじゃない。酒もうまい飯も好きだ」
「享楽的なのは鬼族では普通よ」
「ガハハハ。違いない。その日楽しければいい、ってのが鬼族だよな」
「あたしはそこまでじゃあないからね」
そこへ、チルルがバターチキンカレーを届ける。
しばし、バターチキンカレーを楽しんでいたギルがふと何かを思い出しカウンターへ目を向けた。
「店主。竜人とも会ったことがあるのか?」
「まあな。彼らにもカレーライスを楽しんでもらわねばならんな」
「竜人は俺たち以上に強靭な種族なんだろ。となると俺たち以上に自由豪放なのか?」
「分からん。余り接したことはないが、精神の在りようは鬼族より人間に近いかもしれないな」
竜の巫女の姿を想像しながら答えたものの、正直分からん。
人の在り方など余り興味がないから、覚えてもいない。巫女は静かに祈っているイメージから適当に答えたに過ぎない。
人間にも神父がいるし、聖職者ってのは変わらんだろ。聖職者なら穏やかなんじゃないのか?
少なくとも脳筋ではないと思う。
だが、竜人の戦士となるとどうだ? 心の在りようは巫女とは大きく異なるだろう。
種族によって傾向があるのかもしれんが、結局のところ個々人の資質と性格はその者だけのものだ。
俺と同じエルフだったとしても、俺と同じようにカレーライスの研究をしていないのと同じように。
俺の答えを聞いたギルは期待と異なる答えだったにも関わらず、特に気にした様子はない。
「そんなもんか。竜人も激辛カレーが好きなのか、気になるな」
「ほう。激辛カレーか」
「気質が似ているなら舌もな、と思って。いや、肉肉カレーの方が好みなのかもしれんな。鬼族でも意見が分かれる」
「バターチキンカレーが好きかもしれないわよ。激辛ポークカレーなら、どうなの?」
ギルのリクエストはポークカレー。ミヅチは激辛。
ははは。そらそうだ。十人十色は種族ではなく個人の好みによる。
しかしだな。ポークと激辛か。二つを合体させたものがまずいはずがない。
「ちょ。おい。それはやべえんじゃねえか」
「ポークと激辛を合わせると、こっちの方が好きだという鬼族もいるかもね」
「ははは。面白い」
「だねえ」
ギルとミヅチが笑い合う。
至高だと思ったものが、そうじゃなかった。よくある話だ。
更なる極みを求めるその精神、素晴らしい。
「明日は激辛ポークカレーにするか」
「おおおお」
二人のガッツポーズ。鬼族は分かりやすい。
「竜人にも食べて欲しいものだが、リョウのように好奇心から店に来ることはなさそうだ」
「そんなもんか」
「竜人は天空都市を拠点にしているのだが、余り外に出てこないのだよ」
「そいつは残念。一度腕相撲でもしてみたかったんだがな。ガハハ」
ギルたちと会話をしていたら、竜人がどのようなカレーに興味があるのか気になってきた。
ならば、確かめに行くか。




