37.チキン
「帰ったぞ」
「う、上から来るとは思ってなかったですます」
「転移先を変えたのでありますか?」
階段を降りてキララたちのいる店舗裏に来ただけなのだが、どこに驚くポイントがあったのか理解に苦しむ。
それはともかくとして、チルルにもリズにも説明しておかないと、下手に扉をくぐって迷子になられても困る。
「二階の客室へ来てくれ」
呼びかけると素直に立ち上がった二人を連れ、リョウの泊っていた客室へ。
客室の隅に鎮座する鉄扉を見て、二人とも目を丸くしている。
「いつの間に扉を作ったのですか?」
「こ、この扉、オブジェではありませんよね? ま、まさか……」
「この扉は転移門だ。扉の入口がリョウの部屋に繋がっていてな。扉をくぐるとリョウの部屋に行くことができる」
チルルはほああ、と目をキラキラさせているが、リズの様子がおかしい。
「いくらレインハルトさんでもありえない、ありえない……」
放心状態になっているリズの肩へポンと手を置く。
「心配するな。この鉄扉は消えない。俺が魔法を解かない限りな」
「え、永続……ま、ほう」
リズが泡を吹いて倒れてしまった。ちょっとばかし、忙しすぎるだろ。
閑話休題。
待つこと10分くらいで、リズが元に戻った。精神状態も含め。
「……自分は一体何を?」
「この後食材を取りに行くのだが、道すがら話をしようか」
「そうでした! レインハルトさんに事情をお話すると言っていたのであります」
「その通りだ」
「……食材集めは、自分がまともである自信があまりないでありますが……」
天空竜ほどは驚かないはずであります、とかリズが言っている。
さっきまで気絶していたなんて野暮なことは言うつもりがないし、チルルもだんまりを決め込んでいるから問題ない。
「レインハルト様。明日の日替わりの食材ですます?」
「そうだ。今日、誠に遺憾ながら、ナンが好評だったことを受け、依頼ではないがナンに合うカレールーをと思ってな」
「どのようなカレーなのですか?」
「二つ。一つはダルカレー。もう一つはバターチキンカレーだ」
聞いただけでおいしそうです、とぽやあとするチルル。
彼女と入れ替わるようにして、研究対象に興味津々の様子のリズが口を挟む。
「それは興味深いであります! バターとチキンが必要なのでありますね」
「バターとチキンなら、ほのぼのコースですます」
リズとチルルがきゃっきゃしている。
ほのぼのしていたら、研究時間がなくなってしまう。キリキリ行くぞ。
ナンといえばインドカレー。インドカレーにはいくつも種類があるのだが、バターチキンは定番中の定番ではなかろうか。
個人的な好みだと、ダルカレーなのだが。俺の好みだけでカレーを選定するつもりはもはやない。
「バターは常に使っている。チキンは一応ゴーレムたちに育てさせてあるからすぐだ」
「それなら、ちゃんと会話できそうであります」
「楽しみです」
リズとチルルが楽しそうに頷き合う。
今回はモンスターとのバトルはないと踏んでのものだ。
彼女たちの予想は正しい。今回は平和で退屈な牧場へ向かうだけである。
◇◇◇
転移した先は絶海の孤島だ。
正確に計測したわけではないが、島の外周はだいたい15キロほど。大陸から離れているため、大型のモンスターは棲息しておらず、この地を知る者はおらず、気候的にも牧場に適している。
まさに、牧場を運営するためにできた島とはここのことだ。
「のどかな島ですね」
「こ、これなら大丈夫そうであります」
最初はびくびくしていた二人も、安心しきったようで何より。
「ここには牧場と加工工場がある。バターとチキンを持って帰る」
「浜辺でお散歩も楽しそうです」
チルルが耳をピコピコさせながら海を指さす。
「レインハルトさん、歩きながらでロードリック様とハールーン様のことを喋っていいでありますか?」
「構わんが」
「お二人は帝国の双璧と異名を持つ重鎮であります。ロードリック様は全ての軍を束ねる騎士団長。もう一方のハールーン様は帝国最高の魔法使いにして、宮廷魔術師長であります」
「ふむ」
あの二人の出自を聞いてもカレーはうまくならんぞ。一番うまそうなチキンはどれかを選定する方が今の俺にとっては重要なことだ。
「そろそろだ」
コケコッコー。
元気のよいチキンの鳴き声が聞こえてくる。
牧場が近づくと、チルルとリズの顔が青ざめてきた。
「さ、サイズがおかしいであります!」
「ニワトリってここまで育つんですますか!」
「ニワトリにそっくりだが、こいつはチキンだ」
「チキンってニワトリのことじゃあ……」
リズの突っ込みがあるが、俺だとて理解している。普通のニワトリと区別するためにチキンと呼んでいるだけに過ぎない。
確かにチキンは大きい。
見た目はニワトリそのものだが、背丈がチルルより大きい。俺の耳元くらいまである。
横幅も同じくそのまま拡大されていて、鳴き声がもう鼓膜を揺らすどころか腹の底まで震えるほど。
「ニワトリに味もそっくりだが、こいつは別種だ。近寄ると突かれるから寄らない方がいいぞ」
「よ、寄りませんよ!」
「はいい」
俺の後ろに隠れる二人。
「チキンはリズが好きそうな研究対象と思ったのだが、違ったか? こいつら凶暴ではあるが、飼育することができる」
「きょ、凶暴だと飼育員の命がいくらあっても足りないと思うであります!」
「慣れだよ、慣れ」
「ひいい」
地面をつつくチキンの姿にリズが悲鳴をあげる。
チキンが突いたら地面がめくれて土が飛び散っていた。元気でいいことだ。
◇◇◇
店に戻って冷静になってからリズが元気になりはじめた。
「確かに、あの巨大ニワトリは研究の余地がありそうであります」
育つのが早く、何より外敵を撃退するほど強靭。餌を与えた人には危害を加えることは稀。
ちゃんと厩舎にも入る。
しかし、肉にするときどうすればいいのだ、という難点がある。
むしろ、肉にするのではなく、畑を護るペットとして使うのがいいのでは、とかリズが早口で語る。




