35.ごーごー
「リョウ殿。魚醤とはどのようなものなのですかな?」
「調味料の一種でして……」
急にハールーンから話を振られて、急に真顔になったリョウが魚醤の説明をし始めた。
魚醤とは、魚を塩と共に漬け込み、発酵させ、液体だけを取り出した調味料のことだ。
魚醤はうまみ成分がふんだんに含まれており、塩気を加える時に塩の代わりに魚醤を使う料理が海底都市で出されている。
「それは珍しい調味料ですな」
ハールーンは感じ入った様子。そして、俺の望むモノを当てたリョウをほめたたえた。
リョウの発想には確かに驚かされたよ。
まさか魚醤をカレーに入れるなんて発想、俺には浮かばなかった。
過去に日本の調味料を再現すべきか検討したこともあったんだが、俺の望む至高のカレーには必要ないと判断し、研究を中断したのだ。
元日本人なら誰しもが一度は考える若き日のほろ苦い記憶である。
醤油とか、まず作ってみたいという発想が、カレーの開発を遅らせた。
今更、どうこう思うところはない。俺があのタイミングで至高のカレーを完成させたからこそ、チルルと出会った。
だから、開発遅延は必要なことだったのだ。今ならそう思うことができる。
魚醤についてリョウの説明が続く。
「海底都市以外でも港町で流通していることがありますよ」
「ほほお。帝国の港町でも調査してみます」
興味津々のハールーンに朗らかな笑顔を浮かべるリョウの様子にヴェルネーゼもご満悦の様子だ。
歓談がまだまだ続く雰囲気だったが、リョウがヴェルネーゼに目配せすると、彼女も彼の意図を察したようだった。
「そろそろお時間ですね」
ヴェルネーゼは唐突に会談を打ちきる。
リョウの言わんとしていることは俺にもわかった。鬼族とドワーフの一番客の足音が遠くから聞こえてきたからな。
外の音は遮断するよう魔法をかけているが、リョウやヴェルネーゼならば外の音を聞くこともできるのだろう。
俺が聞こえているように、特に防音の魔法にアンチマジックはかけていないから、簡単に防音を突破できるはず。
アンチマジックをかけていないのも意図的にそうしている。
何もしなければ静かに食事をとることができるし、外の音を聞きたい者は好きにすればいいと思ってな。
外の音が聞こえた方がおいしく食べることができる者もいるだろうから。
これも、チルルが気が付かせてくれた十人十色の精神を反映している。
「最後にわたくしたち魔人はあなたがた帝国と連合国に関わるつもりはありませんわ」
「わざわざ口にしていただき感謝いたします」
ロードリックはそれだけでヴェルネーゼが何を言わんとしているか理解したようだ。
カレーライスは食べに来るが、魔人は特に戦場へ関わることはしない。
リョウとヴェルネーゼがカレーを食べることについて、帝国は触れないでくれ、その代わり、魔人も帝国に干渉しない、ってことだろうか。ついでに連合国へも不干渉を貫く。
その通り。カレーは好きに食べるべきだ。上も下もない。
「ロードリック様。ハールーン様。そろそろお暇の時間です」
片膝をついたダインが恭しく彼らに向けて頭を下げる。
二人も快諾し、店を去って行く。
「本当に美味でした。また来ます」
「是非、また、秘奥について語らいましょうぞ」
扉の前で最後にそう言い残し、一礼し踵を返す二人であった。
ダインらはロードリックらと共に去ったが、店内にはリズと魔人の二人が残っている。
「後で事情をお話するであります!」
「別に気にしていないが、うまいと食べてくれればそれでいい」
リズが何か説明してくれるらしいが、カレーのこと……いや、百歩譲って食材のことであれば聞くが、それ以外のことだったら別に知っても知らずともいい。
事情という言葉から、カレーに関することである期待は薄そうだ。
一方、リョウは俺のことをよく理解しているな。
こいつ、次々と爆弾を投げ込んでくるから、侮れない。
「レインハルト。ラッキョウも出すようにしたんだな」
「そうだな。福神漬けはまだ出せるものじゃない。キャベツの千切りならいけるぞ」
「おお。そいつは嬉しい。だがG●G●カレー風にカツとセットで食べたい。それまで千切りはお預けにするべきだ」
「カツか。俺はいまいちカツカレーというものに食指が動かんのだ。リョウに味見してもらいつつ、研究を進めるのもいいか」
俺の言葉にリョウが喜色を浮かべ、両手を上にあげ小躍りする。
「味見させてくれるの!? やったあ」
「とはいえ、しょっちゅう訪れるわけにもいかないのだろ?」
ヴェルネーゼの方をみやり、冷や汗を流しながら頷くリョウであった。
「あ、あと。うどんもできれば頼むー」
「さっさと行くわよ。リョウ。たーくさん仕事があるんだからね」
ヴェルネーゼに引っ張られながらも言葉を残すリョウを呼び止める。
「リョウ。この後、飛行魔法で帰るのなら、少し待っててくれるか? 飛行魔法で帰るよりは早く海底都市に送り届ける」
「転移魔法を使ってくれるのかい!? マジで。ありがとう。じゃあ、いいよな、ヴェルネーゼ」
「仕方ないわね。レインハルトさん、感謝いたしますわ」
「奥か二階のお部屋で待っててくださいですます」
チルルがリョウとヴェルネーゼを奥に案内してくれた。
この後、鬼族とドワーフらが来て、同じくナンの注文が殺到し、少しばかり微妙な気分になる。
ま、まあ、物珍しさからライスじゃなくナンの注文が多いだけさ。
ライスは毎日注文できるが、ナンはそうではないからな。
ドワーフも鬼族もほぼ全ての客が、酒を注文していた。先日の酒祭りのおかげで、酒のバリエーションは豊富にある。
注文されたらその場で注文通りの酒を造ることができるように、手の届くところに材料を持ってきているから、迅速に提供可能なのだ。これは、神父のアイデアである。
いくら酒のバリエーションが増えたからと言って、一人一杯の原則は変えていない。あくまで、カレーをおいしく食べるためのドリンクだからな。




