34.暴力的なお嬢様
「このお嬢様が、まずカレーだと言ったら怒るんだ。なんか言ってやってくれ」
「まずカレーには同意だが、リョウの痴話げんかのことは知らん」
即リョウに言い返してやった。
すると、彼はガクリとし、情けない声を出す。
「ええ。そんなあ。そこは何よりもカレーだろ、って言いきってくれよ」
「用があるなら先に済ませろ。気にしていたらカレーのうまさを損なう」
「ブレねえ、やはりブレねえよ、レインハルト」とかリョウが言ってる。
カレーライスは落ち着いて食べるものだ。いかなる毀損も妥協しない方がよい。
一方、ヴェルネーゼに見事なボディブローを決められたリョウがのたうちながら、こちらに顔を向ける。
いつもながら騒がしい奴だな。賑やかさはダインとどっこいどっこいと言ったところか。
「ごほ……レインハルトは海底都市のことなんて知らないと思うんだけど、海底都市には評議会があってな。それで選出された首長が海底都市の代表なんだけど……」
「よくわからんが、海底都市から何かあるんだな」
「そそ。レインハルトを海底都市に招きたいと百年前くらい? から何度か依頼を出してるらしいんだが、ちょっと色々あって、お嬢様が行って来いとなっちまってな」
「ふむ。リョウのことだ。言わずとも分かる」
だよな、うん。とリョウも納得した感じ。
百年前より魔人の評議会とやらから依頼されていたとは記憶にないが、覚えていないということは少なくともカレーに関することではない。
ならば、答えは決まっている。
「レインハルトに聞くまでもなく、『お断りでしたー、さーせん』と返すつもりなんだけど、よかったよな?」
「構わない。ここで研究をしなければならないからな」
リョウの言う通りだ。行く意味もメリットも何もない。要件が変わっていればリョウが伝えてくるだろうし、そうじゃないってことは、必要ないってことだ。
「うんうん。んで、貢物もあるんだけど」
入れ替わるようにしてヴェルネーゼが前に出る。
「こちらですわ」
彼女がカウンターへ置いたものは七色の宝玉だった。
ふむ。この素材は一応知っている。
周囲に陸がない暗礁地帯で採れる真珠貝の一種だ。この貝は、平均して1.5メートルほどある大きな貝で、暗礁地帯に行けばすぐ見つかる。
大きな貝殻の内側は七色になっており、稀に中に真珠が入った個体がいるのだ。
ヴェルネーゼが持ってきたような七色の真珠ほど大きな個体はなかなかお目にかかれないが、別に真珠である必要性はない。
むしろ、貝殻の方が大きいし、使い勝手がいい。
七色の貝殻の用途はハールーンの持ってきたオパールと同じく、魔力蓄積用だな。
さっきハールーンが持ってきた宝玉より魔力をため込めるようだが、魔力をため込むものは要らん。
「あー。チルル。要る?」
「で、ですからあ、あたちに聞かないでくだいですますう!」
チルルが全力で首を左右に振る。
「要らんそうだ。リョウの懐にでも納めたらいいんじゃないか?」
「さすがの俺でもネコババはせんわ! ほら、レインハルト。こっちならどうだ。出る前に市場で買ってきた。俺のおごりだぞ」
ほう。こいつは興味深い。
凍らせた青や黄色といった熱帯性の色とりどりの魚。異世界ではなぜか熱帯でなく、海底都市近海でとれる。
これらに加え、調味料もあるな。
「こいつは魚醤か」
「ご名答。カレーに使うことができるか分からないけど、試してみてもいいんじゃないか?」
「魚醤の発想はなかったな。面白い」
にやああと自然と口角があがる。
「ほら。こっちのがいいっていっただろ」
「むうう。納得できないわ」
自慢気にどやるリョウに対し、ぷくっと頬を膨らませるヴェルネーゼ。
「ははは。レインハルトのことは俺の方が分かってたようだな。ふふん。いたっ!」
「リョウのいじわる!」
再びのボディブローにもんどりうって倒れるリョウ。
彼女ってこれほどアグレッシブだったか? 最初は猫を被っていたのかもしれないな。俺に対してはですわ、とか言ってるし。
「レ、レインハルト。カレーを頼む」
「もちろんだ」
席に戻るリョウとヴェルネーゼ。
そこへロードリックとハールーンが挨拶しにやってくる。
「はじめまして。私は帝国のロードリックと申します。失礼かと思いましたが、魔人の大使殿を前にご挨拶させていただこうと思いましてな」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはヴェルネーゼ・ロズウェルと申しますわ。此度は評議会の命題としてレインハルトさんに面会をと訪問させていただいたのです」
二人が握手を交わす。
続いて、ハールーンも挨拶し、さりげなくダインたちの席へ向かおうとしていたリョウはヴェルネーゼに首根っこを掴まれ挨拶させられていた。
「いや、俺はヴェルネーゼと違ってお偉いさんの子供でもないし……」
「帝国のお方にちゃんと挨拶もできないと、後で……」
ヴェルネーゼの握りしめた拳を見て、ひいい、と顔面蒼白になったリョウは借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。
「ほんと暴力的なお嬢様だよ」
きっと睨まれ、口笛を吹くリョウ。
ちょうどそこへ、食事が来たことで帝国の二人は一旦離れる。
「あ、きたきた。カレーが来たぞお。チルルさーん」
あからさまに誤魔化すリョウである。
「やっぱおいしい!」
「ナンの香ばしさとホカホカでふわふわの歯ごたえ、毎日でも食べたいわ」
ひとしきり食事を楽しんだ後、再び帝国の二人と会話の続きを始めるヴェルネーゼとリョウ。
「七色の宝珠。初めて拝見させていただきました」
「わたくしもあれほど見事なオパールははじめてですわ」
ハールーンとヴェルネーゼが和やかに会話を交わす。
「海底都市にはミスリル銀とは違った魔法的な金属があると聞きます」
「ございますわ。ブルーメタルという金属ですの。ミスリル銀は海底都市だと珍重されております。ミスリル銀の宝剣に感激です」
続いてロードリックも同じく彼女と歓談した。
その間、リョウはだんまりである。
こそっと抜け出そうとしていたが、見事にヴェルネーゼにブロックされていた。




