33.やあ、リョウくんだよ
一拍置いてから、彼に言葉を返す。
「俺は300年、研究に研究を重ねてきた。そしてついに至高に辿り着いた。だが、始まりに過ぎなかったのだ」
「300年……! いかな長寿のエルフといえども300年続けるとなれば、あなた様の研究魂こそ至高のものですな」
「はは。気が付いたら300年経過していたんだ。しかし、ここにいるチルルが新たなことに気が付かせてくれてな。そのため、ここでカレーライス屋をやり、更なる研究を続けている」
「この場、でなければいけないのですな」
ハールーンとロードリックが顔を見合わせ、眉をひそめ、納得したように頷き合った。
「レインハルト殿のご意思は固そうだ。私には研究のことはとんと分からぬが、この地で研究を続けることに並々ならぬものを感じる」
「そうですな……。しかしながら、レインハルト殿の在りようは見せて頂けましたな」
囁き合った二人。
次にロードリックが前を向き、胸に手を当て、再び会釈する。
「レインハルト殿。正直に申し上げます。我らは御仁を帝国の賓客、重鎮として招きたいと考えておりました。ですが、御仁の研究はここでしか成しえぬものと理解いたしました」
「今はここを拠点にしている。十人十色の研究に注力しているからすまんな」
「崇高な研究、私には理解が及びません。ですが、レインハルト殿がこの地を動かず、この場でカレーライス屋を続け、『外』には興味がないこと、は理解できます」
そうだな。うん。今は多店舗展開なんて無理だ。
外へ興味を向けるに時期尚早過ぎるだろ。
いや、全てをゴーレムに任せた店舗なら作ることができるかもしれん。だが、俺は客がおいしいという顔、声を聞きたいのだ。
それこそ至高の研究の推進剤となり、次の研究対象となるのだから。
「帝国からの信愛の証として、私とハールーン、それぞれお土産をお持ちしております。是非、お納めください」
ロードリックが宝剣をハールーンが宝玉を掲げ、俺に見せる。
ガタン。
じっと様子を見ていたダインたちがひっくり返っていた。
「あ、あれはやりすぎだろ」
「いや、店主のことだ」
なんて声が聞こえてくるが、俺に向けて喋っていないことなので聞いてないフリをすべきだろう。
宝剣はミスリル銀製のようだが、剣じゃ肉は切れん。よって必要ない。
ミスリル銀は錆びないのが利点だ。しかし、重量がなくてな。包丁として使うにはイマイチしっくりこなかった。
俺とて、調理器具は生命線だと理解している。最適な調理器具を日々求めているが、今以上のものはなかなかお目にかかることはできないな。300年の研究の中で整えた調理器具だから、仕方ないことなのだろうけど。
もう一方の宝玉はオパールか。オパールは魔力をため込む性質がり、魔道具を作る時に電池のような役割を果たす。
しかし、魔力をため込む電池のようなものは既に飽和しており、向こう200年使っても在庫が尽きない見込みである。
結論。どちらも必要ない。
いや、結論を出すには時期尚早か。店は俺だけで運営しているのではないのだから。
「あー。チルル。これ要る?」
「あ、あたちには恐れ多いですます!」
ブンブンと勢いよく首を左右に振るチルル。
「うーん。俺に与えるくらいなら、こいつを売って、帝都の子供たちにおいしいものでも食べさせてくれ。残念ながら、カレーは届けれないけどな」
「な、なんという無欲なお方か……」
二人が涙を流して感動している。
単に断っただけなのだが、感動する要素がどこかにあったのだろうか。まあ、本人たちが満足しているのならそれでいい。
カランカラン。
ちょうどその時、二名が店に入ってくる。
特徴的な羊のような角に薄紫色の衣装は魔人のものであった。
魔人といえば、そうリョウとヴェルネーゼだ。
入ってくるなりリョウは柔和な笑みを浮かべ、ヒラヒラとこちらに向けて手を振る。
一方で、帝国のロードリックとハールーンには緊張が走っているようだ。残っている帝国のダインらはいつもの調子である。
「やあ、レインハルト。カレーを食べに来たよ。あれ、お取込み中だった?」
「ほんとデリカシーがないんだから」
場の空気に弱ったなあと言う顔をしたリョウが、知った顔をみつけさささとダインの元へ行く。
「何かあったの? 今食べていい雰囲気?」
「店主の店だから食べるのは問題ないと思うぜ」
ダインは当然といったように返す。
そうだな。ここはカレーを食べる店だ。食べたらダメな理由なぞない。
和やかな雰囲気のダインとリョウらに比べ、ロードリックらは何やら深刻そうだ。
「魔人側もレインハルト殿を勧誘しに……?」
「魔人の叡智をもってしても、レインハルト殿を招聘せずにいられぬ。やはり、レインハルト殿の魔術理論は至高」
「ハールーン殿。やはりあの魔人の二人の御仁は……」
「そうですな。私など吹けば飛ぶほどの力の差がありますぞ」
ひそひそと他には聞こえぬよう喋っているロードリックとハールーンだが、俺の耳には届いているのだよな。
俺が口を挟むことでもなかろうて。リョウたちに用があれば、別に遮ったりはしないさ。
「チルルさん。この席に座っても大丈夫かな?」
「はいー。いらっしゃいませー」
チルルがパタパタとリョウとヴェルネーゼに着席を促し、コップに水を汲んでテーブルへ置く。
リョウは着席したが、ヴェルネーゼは彼の隣に立ち、ふんすとご立腹のようだ。
「ちょっとリョウ。呑気にカレーを食べる前にやることがあるでしょ」
「何を言っているんだ、お嬢様。ここではまずカレーだろ。いて、いてて」
ヴェルネーゼに耳を引っ張られ、渋々カウンターにやってくるリョウであった。
彼は「さーせん」と言いつつ、カウンターに手をつく。




