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32.上も下もない

「お待たせしました! 至高のカレーとナンです! ナンはカレーにつけて食べるとおいしいですよ」

 チルルが、二人の元へカレーとナンを配膳する。

「ほお」

「これは……」

 カレールーから立ち上る香りに目を細める二人。

「様々な具材が煮込まれ、ふんだんに香辛料が使われている……これほどの食材を揃えるに一体どれほどの……」

 騎士風の男が呆然とつぶやき、もう一方の魔法使い風も別の観点から歓喜している。

「このナンというパン。只者じゃあありませんな。香しいルーも、温度を整える何かしらの術式が込められている。あの寸胴の下。あそこですな」

 ハールーンの注目する先はキッチンの鍋の下。魔術師の目には魔術術式が見える。

「なんというシンプルに整えられた魔術術式。理論を極めればここまで簡略化できるものなのですな」 

 彼にとってはまさに青天の霹靂だったらしい。最適化されたシンプルな魔術術式に体を震わせている。

 温度調節機能を付けたコンロは、大した魔術術式を使っているわけではない。

 温度調節自体は大した術式でもないのだが、温度の微調整に結構な時間をかけた。何度で維持するのが最もカレールーに適しているのか試行錯誤が大変だったのだ。

 

「呆けている場合ではありませんな。ハールーン殿。いただきましょう」

「そうですな」

 ロードリックとハールーンはナンを手に取り、カレールーと絡めてパクリと一口。

 その時二人に電撃が走る。

「なんという柔らかさ。弾力も抜群。ナンとはこれほどまでのパンだったのか!」

「カレールーはこれぞまさに至高のハーモニーですな」

「「うまいぞおお!」」

 その叫びに後光が差したような気がした。

 リアクションが大きければ大きいほど分かりやすくていい。自慢のカレーを喜んでくれて何よりだ。

 他の兵と異なる装いをしているし、遠方からカレーライスの噂を聞きつけてやってきたのだろう。

 分かる。分かるぞ。

 俺もカレーライスを出す店があると知ったら地球の裏側だとてかけつける。

 ここは異世界だったな……だが、地球と同じように惑星であることは間違いない。

 裏側まで駆けつけるという表現はおかしくないはずだ。

 ロードリックとハールーンのうまいぞ叫びにより、他の兵士たちも表情が和らいでいた。

 遠方の客がうまいと食べていたら、微笑ましい気持ちになるよな。俺だとてそれくらいは分かる。

 

 食べ終わった後、二人が俺の前まできて、一礼する。

 他の兵士は食べ終わって退店していったが、ダインらはまだおかわりを楽しんでいた。

 時間帯も帝国側はそろそろ終わりということもあり、手も空いている。

 多少会話をしても営業に支障は出ないから、問題なし。

「お忙しいところ恐縮です。店主殿のカレーとナン、非常に美味でした。思わず叫んでしまい粗相を申し訳ありませぬ」

「いやいや。うまいと言って食べてくれるのが俺の喜びだ。むしろ、清々しかったよ。ありがとう」

「なんと心の広い……。このロードリック。店主殿の寛大さに感服したしました」

「レインハルトだ。遠方からなのだろうが、よければまた来てくれ。歓迎する」

 遠方というのは勝手な俺の推測だが、他の者と装いが違うからリョウたちのように遠方から来たのかと思ってね。

 転移魔法なしで遠方から訪れるとなると相当な手間だ。

 カレー屋の噂を聞きつけてやってきて、うまいと叫んだ彼らに敬意を称して名乗った。俺が名乗ったことで、彼らも名乗る。

 

「帝都から参りました。ロードリックと申します」

「私はハールーンと申します。魔術を少々かじっております。レインハルト殿の魔術に感動を禁じえません」

 寸胴、続いて天井へ目をやるハールーン。

 なるほど。いいところに目を付ける。彼もまたリズとは異なるが研究者だったのか。

 しかも、コンロにも興味があるとは同好の士かもしれん。

「他にも色々あるぞ」

 同行の士だと思い、鍋から始まりナイフ、そして醸造やらまで、つい熱く語り過ぎてしまった。

 対するハールーンは滂沱の涙を流しながら、感激した様子。

 お、おお。

 分かるか、やはり同行の士。

 

「す、素晴らしい。ここに秘奥の全てが……惜しみなく秘奥を語ってくださるあなた様に……もはや言葉で言い表せない感動と感激で胸がいっぱいですぞ」

「いやいや、隠すものではないさ。ハールーン殿は見たところ人間。ならば、一足飛びに進めねば、(寿命的に)至高にたどり着けないだろ」

「至高……至高ですか。ここに至高がございました」

「気持ちは分かる。ここに至高はある。だが、研究者なら自分で至高を作りたいものだろうと思ってな」

 まさにまさに、と同意し、涙をぬぐおうともせず感動するハールーン。

「その秘奥。ぜひ帝国で講義していただけないでしょうか。未熟な私ですが、教え子らがいましてな。彼らにも秘奥の一端をご教授していただきたいのです」

「考えておく。俺は連日ここの営業で手一杯だからな」

「そうですな。残念でなりません。あなた様を帝国に招聘できれば、帝国にとってどれほどの宝となるか」

「はは。俺は単なる一研究者だ。研究も同じ、十人十色だろう。研究者なら自らの至高を探求するのも一つだ」

 研究の世界では共同研究というものは普通だ。だが、カレーに関してはダメだ。

 それぞれの至高で戦争になるぞ。

 鍋を暖めるにはどうすればいい、など普遍的なものなら語ることができる。

 しかし、暖める温度で戦争になるだろ? 多数の前で語るには危険だ。

 俺はカレー戦争を起こすつもりなどないのだから。

 ならば、考えておくとした結論をすぐ返答すべきだな。

「しばし考えたのだが……ハールーン殿。やはり講義は良くない」

「そ、そうですか……」

「別に研究者を否定しているわけじゃないんだ。至高への道は各人持っている。それは否定されるべきものでもないし、誰かが口を出すものではない。俺もそうだ。ずっと研究を続けてきた」

「そのお言葉、深く共感できますぞ。私も物心ついて以来60年、ずっと秘奥に至るため研究を続けております」

 こいつは本物だ。

 俺以上かもしれん。いや、研究に上も下もない。

 フルーツカレーにも肉肉カレーにも上も下もないのだ。

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― 新着の感想 ―
天はカレーの上にカレーを作らず、カレーの下にカレーを作らず。そして「ナンって何なんですか」というお約束。
二人の至高の方向性がズレているけれど、このまま帝国で講義することになればどうなるどうなる?至高の魔法についての講義はずが、至高のカレーについてのあさっての方向な講義になってしまうなんて。最後の締めはみ…
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