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31.重鎮来店

《本日の日替わりはパイナップルカレーと激辛カレー》

「今日はパイナップルカレーと激辛カレーに至高のカレーと三種なんですね!」

 立て看板を設置したチルルが興奮した様子でふんすと耳を立てる。

「研究時間が短かったからな。胡椒も補充したから、食材はまだまだあるぞ」

 ふふ。ふふふ。

 他のスパイス類の在庫もちゃんと点検したぞ。同じ愚は犯さぬのだ。

 遠い昔のことだが、前世で仕事をしていたときのことをふと思い出した。それは、リマインダーという機能だ。

 たとえば、このあとWeb会議があるよね、と言うときに画面上にポップアップがあがって知らせてくれる。

 これと同じ仕組みを在庫に導入した。

 やり方はいたって簡単でゴーレムに在庫の閾値を設定し、閾値を下回ったら脳内へアラートを送るというもの。

 閾値を下回ったら即アラートだと、寝ている時もあるのでパッチ処理方式にした。

 毎朝10時に全てのゴーレムが閾値を点検し、下回っていたら俺の脳内へアラートを送信する。

 俺の畑は世界各地にあるが、脳内アラートはどれほど距離があっても一瞬で届くのでこれで事足りるんだ。

 店に置いている在庫は目視か、補助的なゴーレムに点検させることにした。

 完璧だ。これでいざという時に在庫がない、なんてことを防ぐことができる。また一歩、効率化ができた。

 

「後でパイナップルカレーを頂いてもよいですます?」

「もちろんだ。チルルにとっての至高を長く待たせたな」

 チルルが顔を真っ赤にしているが、別にパイナップルカレーが好きなことは恥ずかしがることではないだろ。

 逆だ。これがあたちの至高の一品と誇るべきだ。

 俺は何度でも声に出して言うぞ。毎日出す至高のカレーこそが、俺にとって至高の一品なのだと。

 彼女の味覚はセリスと近いものがあるのかもな。セリスも甘目のカレーが好きだと言っていた。

 俺の思いを汲み取ったのか、チルルが真っすぐ俺を見上げ力強く宣言する。

「いえ、あたちにとっては甘目のカレーは全部至高ですます」

「そうだ。今日はカレーライスだけじゃない。ルーとナンの組み合わせも用意した」

 先日、チルルがおいしそうにパンを食べているのを見て思い至ったのだ。

 カレーにあうのは何もライスだけじゃない。インドカレーでは定番のナンである。

 満を持して発表したつもりだったのだが、チルルはいまいちピンと来ていない様子。

「ナンとはどのようなものなのですか?」

「少し食べてみるか」

 ホカホカでもちもちの手のひら大ナンを皿に乗せ、チルルへ。

 少しパイナップルカレーのルーをおまけにつけて。


「ほああ。もちもちでふわふわです。しかも香ばしいんです。大好きですこれ」

「ほほお。パンなら食べ慣れているはずだと思ってな。たまにはいいだろ」

 ナンは悪くないと思う。一回だけならライスを凌ぐこともあるかもしれない。

 しかし、至高にいたるのは飽きの来ない食べ続けても至高であるべきなのだ。故に、カレーライスである。

 あくまで俺にとってだがな。

「よし、開店だ」

「はい!」


 開店したらすぐに最初の獣人客が来店してくる。しかも、一気に四人来た。

 犬頭と猫頭に先日来た犬耳猫耳の女性兵で合計四人だな。

「うーん。いつものカレーで頼む」

「いつものご飯でいいですますか?」

「ん。ライス以外もあるのか?」

「はい! とっておきのフカフカパン……ええと、ナンがあります!」

 それくれ、と犬頭と猫頭の声が重なる。

 女性兵はパイナップルカレーにナン、そしてマンゴージュースと甘い尽くし。

「あたちも甘いの大好きです」

「ここでは甘いものを食べられる機会がないのよ」

 チルルと女性兵の会話は興味深い。

 食べたいものを食べることができないのは何よりも辛いよな。

 俺の原点もそうだった。

 カレーが食べたい。ただそれだけ。我慢すればいいじゃないか、と言われれば……俺が人間だったなら耐えようと思ったかもしれない。しかし、俺は幸か不幸かエルフとして生まれてしまった。

 人間の比ではない寿命を持つエルフで、ずっとカレーが食べられないなど耐えられない。

 だが、カレーの研究をしているときはそれを忘れることができた。

 結局、満足いくカレーライスを食べるまでに三百年の時が過ぎてしまったわけだが、濃密な探求を続けることができたのでそれもまた良し。

 今は今でこの上なく充実している。きっかけを与えてくれたチルルには感謝してもしきれない。

 

 ◇◇◇

 

 獣人のピークタイムが終わり、人間の兵士が多い時間帯にってきた。

 いつものダインとガレス、そしてセリスにリズが来店。

「いらっしゃいませー。今日は四人お揃いなんですね」

「セリスとは同じ時間に休憩にならないこともあるんだが、今日は合同訓練だったからな」

「不本意ながら」

「自分は連れてきてくれたら、誰でもいいであります」

 チルルの挨拶に対し、軽い調子のダイン、嫌そうに突っ込むセリス。ニコニコのリズに無言で頷くだけのガレス。

 いつもの調子でなによりだ。

 現在、店は大繁盛で、退店したらまた新たな客がやってくる状態だ。そのうち、入店が少なくなり、最後の一人が店を出るのと入れ替わるように連合国側鬼族の一番客が来店する感じだな。


「お待たせしましたー」

 チルルがダインらのテーブルへ次々にカレーとナンのセットを配膳していく。

「ひゃー、待ってたぜ」

「いただきますであります!」

「む」

「あ、パンだったのね。え、あのお方は……」

 ちょうど全ての皿が置かれた時、突如店内が騒然とし、静まり返る。

 誰もが手を止め、来店した壮年の魔法使い風と騎士風の男へ目をやった後、慌てて視線を戻す。

 しばしの静寂があったが、騎士風がすっと胸元まで手をあげると元に戻った。

 まさか、味の肥えたグルメ評論家か何かか?

 ふふ。それで怯む俺だと思ったか。むしろ、腕が鳴るよ。俺のカレーライスを食べて恐れおののくがよい。

 

「いらっしゃいませー」

 チルルが席に案内する。座らないのか?

「そこの席へどうぞ」

「喰うなら座れ」 

 二人はいつものカレーにナンを注文した。

 各席から漂うカレーの香りを二人も楽しんでいるようだな。

 そう、こういった香りをゆっくり楽しむ時間も必要なのだ。そのために落ち着ける空間作りもした。

 食べている最中ももちろん落ち着ける空間は必要なのだが、待っている間ってのもよいスパイスになるのだ。

 

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