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30.帝国の重鎮 その2

 Side 帝国側 帝都 宮廷内広場

 広場には大規模な魔法陣が描かれていた。

 これをただの一人で描けるのは帝国でもただ一人、宮廷魔術師長ハールーンのみである。

 結界魔法の魔法陣と異なり、本魔法陣は多少の歪みではビクともしない。

 この魔法陣こそ、魔術師ハールーンを帝国内で最も有名な魔法使いにした「飛行」の魔法陣なのだ。

 空を飛ぶ魔法陣の前でロードリックとハールーンが言葉を交わす。

「ロードリック殿は何を準備されたのですかな?」

「陛下から宝剣を賜りました」

「ほほお。陛下も奮発しましたな。その輝き、ミスリル銀に違いありますまい」

「さすがハールーン殿です。まさしく、この宝剣はミスリル銀製です」

 鞘からスラリと抜いた剣の刃がギラりと煌めきを放つ。

 ミスリル銀は金より希少で、広大な帝国領内でも僅かしか取れない。単に装飾用というわけでなく、ミスリル銀は鉄より硬く、軽い。

 それ故、武器や防具を作るには最適なのだが、量が取れず、剣を作るだけで精々だ。

 この宝剣の価値たるやいかほどのものか、ミスリル銀製という事実が価値その価値を物語っている。

 宝剣一つで帝都の中心部でお屋敷を購入してもおつりがくるほど。

 余談であるが、帝都の中心部は人口密集地となっており、土地を買うにも難儀する。つまり、土地の購入費用がかなり高くつく。

 それでも、宝剣の価値に比べれば天と地ほどの差があるのだ。

 

 一方のハールーンは両手に収まるくらいの宝石だった。この宝石はオパール。魔道具や魔法用の杖を作るに最も適した宝石になる。

 オパールは大きければ大きいほど魔力を蓄えることができる。そのため、オパールのサイズが大きくなればなるほど飛躍的に価値が高くなるのだ。

 ハールーンが用意したオパールほど大きいものは帝国内にたった三つしかない。

 こちらの土産も宝剣に勝るとも劣らない一品である。

 帝国の重鎮が最高の土産を持ち、戦場の砦跡へ向かう。

「では、行きますぞ」

「よろしくお願いいたします」

 ハールーンが朗々とたっぷり3分ほど呪文を唱え、魔力を解き放つと魔法陣が光り、二人の体がフワリと宙に浮く。


「おお。これが噂の飛行魔法ですか!」

「私ともう一人が限界ですが、戦場の兵舎まで空から向かいますぞ」

 空からの眺めにロードリックが感極まった様子。

 ハールーンの叡智はいくつかあるが、その中でも最も有名なのが飛行魔法。

 人間流の飛行魔法は、魔人の使う飛行魔法に比べて魔力消費量が遥かに少ない。その分、スピードが遅いのであるが、大した問題ではない。スピードが出過ぎても制御できないのだから。

 

 無事、帝国側拠点の兵舎まで到着した二人は軍団長に挨拶をした後、歓談もそぞろに出立する。

 軍幹部らに見送られながら、馬に乗り、砦跡へ向かう。

 

「ここが噂の」

 馬を降り、ゴクリと喉を鳴らす二人。

 帝国の重鎮の二人は円卓の間でも陛下の前でもここまで緊張しなかった。

 それだけ、この奥にいるエルフの存在が大きかったのだ。

 自然と体に力が入るが、これで怯む二人ではない。


「いらっしゃいませー」

 ネズミ耳の少女が元気よく挨拶する。

 二人は店内の様子に目を見開く。帝国の兵士でごった返していたからではない。

 兵士らが店を訪れれていることは、報告でも、拠点でも聞いている。

 

 彼らが驚いた理由は、完全に廃墟となっていた砦跡が見事な店に変わっていたからだ。

 家屋が建っていただけでも、立地を考えれば驚異的なことなのだが、帝都の店と比べてそん色ない作りは、まさに異次元のこと。

 

 ロードリックが驚いたのは、店の建材をよくもまあそろえたな、というもの。

 周囲は荒地で木材などないのだ。

 木材を取るには兵舎辺りか、連合国側にある森まで行かねばならない。

 店は全て木のぬくもりを感じさせる木材で作られている。これだけの量を運ぶには一人で成せるものでは到底ない。

 しかし、噂によると僅か一日で店ができていたのだそうだ。

 恐るべき大魔法使いの深淵を覗いた気がして、ロードリックの背筋に寒気が走る。

 

 もう一方のハールーンの驚き、いや、歓喜はロードリック以上だった。

 天上に見たことのない魔道具が分からぬように設置されている。機構は分からぬが、天井にあることから察するに灯りのはずだ。

 僅か二人なのに、店は清潔に保たれている。これも何かの魔法なのだろうか。

 店内のどこもかしこも、高度な魔法技術の粋が尽くされている。

 これを僅か一日で成しえたというのだから、ハールーンの、いや、魔人でさえ、理解できぬほど高度な魔法理論の元構築されているに違いない。

 

「待ってろ。黒ビールだな」

 店主の声。見るとエルフの店主が一人でキッチンを切り盛りしていた。彼こそが伝説の大魔法使いその人か。

 ハールーンの心は完全にかのエルフに奪われていた。

 そんな彼の見えるところで、黒ビールなるものが一瞬でできあがって配膳されていく。

 発酵の魔法? 見たことも聞いたこともない。

 いや、確か、魔法理論によると……まさか、実現できるものなのか!?

 少なくとも、ハールーンの長年の研究では魔法理論から術式の構築は不可能だった。

 それを誰に隠すでもなく、さりげなくやってのけるエルフの懐の深さに感動から膝が落ちそうになる。

 

「そこの席へどうぞ」

「喰うなら座れ」

 少女に店主が続く。

 呆然としていた二人がハッと我に返り、緊張した面持ちで着席した。

 彼らの驚きはまだ始まったばかり。

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