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29.帝国の重鎮

 Side 帝国側 帝都 円卓の間

 帝都の円卓の間では、帝国の重鎮たちが集合していた。

 集まった者全員が、これから報告される戦況について耳をそばだてている。彼らの顔は真剣そのもの。

 

 騎士が一礼し、書を読み上げ始めた。

「現在、連合国との戦線は膠着しております。一時押されておりましたが、盛り返すものの、戦線を押し上げるまでには至らず」

 ここまで朗々と読み上げていた騎士だったが、戸惑ったように口ごもり、困惑した様子で続きを読み上げる。

「此度の会戦は、せ、戦場に突如、エルフが出現し、食事を振る舞い、戦いが中断……」


 一体何事だ、とざわつきはじめる円卓の間。

 この場には皇帝こそいないものの、帝国の重鎮らが勢ぞろいしている。騎士団、官僚、そして元老院の代表と勢ぞろいだ。

 それだけ帝国において戦況報告とは重要事項なのである。

 

 一拍置いた後、騎士が読み上げを再開した。

「加えて、旧戦場の砦跡に食事処ができたとか。そこへ、通う兵がいるとも。今回姿を見せたエルフはそこの店主との情報が入ってます」

 理解しがたい報告に円卓の間が騒然となる。

 しばしの静寂の後、堰を切ったように信じがたい報告へ対する紛糾が始まった。

「軍としては、危険すぎると判断します」

「帝国元老院としては、政治的に見て双方の戦争を中断させたことを重くみます」

「そうだ。第三者によって連合国との戦争を単独で止めてしまうようなエルフ。一体どうやって?」

「報告を聞くに、結界魔法とのことです」

「そもそもどうやって突如として現れたのか? ご丁寧に椅子やテーブルまであったそうではないか」

「転移です。転移魔法と推測されます」

 思い思いのことを口にし、話がまとまらない。

 しかし、どの立場の者にもあったのが困惑と恐怖である。

 人は恐怖の対象に対し、まず最初に抱く感情が排除だ。危険、理解しがたいから、弾く。

 元の理解できる状況に戻す。

 人として当然の反応であるが、事態はそう単純ではない。

 

 まるでまとまらぬまま、転移魔法という言葉に宮廷魔術師たちのボルテージがあがる。

「ありえません。結界魔法なら……まだ理解できますが、転移魔法など存在しません」

「そもそも結界魔法は魔法陣が必要です。少しでも紋様がズレたり消えたりすると発動しません」

「つまりどういうことだ?」

「結界魔法を屋外で発動するなど不可能に近い。発動するにしても数日は準備が必要です」

 そこで、宮廷魔術師長ハールーンが手をあげる。

 帝国魔術師界において、彼のことを知らぬ者はいない。

 帝国の歴史上最高の魔法使いと称される彼は、魔人にしかなしえないとされたいくつかの魔法を人の手で実現してみせたのだ。

 何故、人の脆弱な魔力で魔人の魔法を実現せしめたのかというと、ひとえに優れた魔法理論の構築があってのこと。

 齢70にしてまだまだ現役。

 帝国魔法界の最高傑作が静かに手をあげたのだから、誰しもが意見をとめ彼の意見を待つ。

 

「結界魔法は人間故、魔法陣と複数人による儀式が必要にすぎない。かのエルフ殿は魔人を凌ぐ魔力に加え、我々には及びもつかぬほど魔法理論に長けた御仁なのでしょうな」

「結界魔法はそうだとして転移は荒唐無稽過ぎます」

 すかさず宮廷魔術師が否を唱えるも、老魔術師長は首を左右に振る。

「いや、存在はする。理論上はな。我々の理論でも存在することが分かるのだ。不可能ではあるまい」

 絶句し青ざめる宮廷魔術師たち。

 しかし、宮廷魔術師長ハールーンだけは異なる。しわがれた頬が紅潮し、指先を感動で振るわせている。

 彼の中にあったのは歓喜。

 既に枯れ果てようとしていた身に、超越した魔法理論という果実が舞い降りた。その魔法理論は転移魔法さえ実現する。

 これで歓喜以外の感情が浮かぼうか。

 老魔術師長は生涯を未だ見ぬ魔法理論の構築にかけた。その完成形が目の前にある。

 しわがれた喉を震わせ、語気を強め言葉を紡ぐ。

「かの御仁と魔法理論について語り明かしたいものですな」

「報告のエルフの実力はハールーン様から見てどれほどのものでしょう?」

「帝国全ての魔法使い。いや、連合国の魔法使いも含め、一斉に挑んでも相手にもなりませんな。いや、魔人でさえも……」

「そ、それほどですか……」

 ここで魔法談義が終わり、代わって軍部が議論を白熱させる。


「やはり危険過ぎます! せめて、戦場から退くよう圧力をかけるべきだ」

「どうやって実現するのだ? 冷静に考えてみろ。栄えある帝国宮廷魔術師全てで御しえぬ相手に圧力だと? そのようなものかの御仁は歯牙にもかけぬよ」

 いままで黙って議論を聞いていた、帝国軍最高責任者である騎士団長アインベルク侯ロードリックが場を一喝する。

 武家の名門アインベルク侯爵家の中でも最優と誉れ高いロードリックは猛々しい武人である。

 皇帝でさえ一目置く彼に一喝された場はシーンと静まり返る。

 

「なら、どうしますかな?」

 朗らかにロードリックへ問いかけるハールーン。この場で彼と実力的に並び立つ存在は彼だけだった。

 彼以外は発言を戸惑う。それが分かっているからハールーンが問うたのだ。

 それも朗らかに、散歩に出も行くように。

「帝国はかの御仁を最大級の敬意と地位を保証し、帝都へ来ていただけるように頭を下げるべきだと考える」

「ほほお。私としてもかの御仁の神のごとき魔法理論の講義を是非拝聴したいものですな。大賛成です」

 二人の様子に血相を変えた副騎士団長が叫ぶ。

「し、しかし前例がありません! 外部の者を貴族に。それも、最大級の敬意をもってこちらから頭を下げるなど……」

「そうだ。迎え入れるのではない。我々が請願し頭を下げるのだ」

 これに元老院議員の代表が反対の意を示すも、ロードリックは意に介さず、強引に話を終わらにかかる。

「決めるのは陛下だ。陛下にお伺いを立てようではないか」

 ロードリックが豪快に笑い、会議を強引に締め切った。

 

 その日の晩、皇帝陛下はロードリックの案を採用する。

 一国の軍事力が一個人に劣るとは前代未聞であるが、国家級……いや、それ以上の戦力を迎え入れるとなれば、貴族位を与えてもおつりがくる。彼の望むままに工房も建てる、給金も最大限に出す、と決まった。

 こちらも前例がないが、ロードリックとハールーン双方が直接エルフとの交渉に向かうことが決定する。

 帝国の双璧が向かうなど、ありえないことであるが、相手はただの個人で帝国全てを凌ぐ軍事力を持つ。

 となれば、見極めるためにも双璧が向かうことになった。

 何より二人が彼に会うことを望んだのだ。

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