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17.閑話 帝国軍その2

 Side 帝国

 戦場だった場は、完全にレインハルトのカレーライスに浸食され、弛緩した空気が流れていた。

 青い空と漂うカレーの匂い。

 匂いにつられ、一人、また一人、と吸い寄せられるように席につく。

 ここにはもはや、勇壮に鳴り響くラッパはなく、ゆるりとした昼下がりの輪舞が流れていた。


 死臭ではなく、ふわりとスパイスの香りが漂い。両軍がもくもくとカレーライスを食べている異常な光景。

 しかし、カレーライス屋に一度でも行ったことのある兵は誰しもが、「レインハルトだからな」と受け入れていた。

 彼は魔人や竜人と比肩する実力者が揃うエルフという種族である。

 長く生きたエルフは魔人や竜人を凌ぐとも言われていた。

 その中でも、このエルフは夢物語に出てくるおとぎ話の大魔法使いさながらの超越者である。

 先ほど見せた結界、そして、突如出現した青空レストラン。これを見て、そう思わぬ者は当の本人以外誰もいない。

 しかし、同じく彼らは知っている。

 このエルフの超越した神のごとき魔法は、カレーライスにしか注がれないことを。

 だからこそ、彼らは口をそろえて「レインハルトだからな」で達観するのである。

 

「ま、中断になってよかったじゃないか。カレーライスはうまいし。店主。もう一皿頼む」

「俺も」

 お代わりまでするダインとガレスに呆れるセレナ。

 そんな彼女もマンゴーラッシーをちびりとやって目を細めている。

 

 そこへ、人間? が落下してきた。

 落下してきた人間? は地面に激突する前にふわりと一回転して軟着陸する。

 紫色の髪に同系色のマント、頭からは鬼族と異なり、羊のツノのような黒い角が生えている。

 首元にはローズをあしらった紋章。

 着ている服は所々にローズをイメージした意匠が施されている。

 

 落下してきて軟着陸したことよりも、その人物の姿に帝国兵士はもちろん、鬼族でさえ息をのむ。

 

 ――紫色の髪に羊のような黒いツノ。

 

 この世界における二大強種族の一角「魔人」がいるのだから、彼らが注目するのも当然と言えば当然。

 エルフは置いておくとして、魔人と竜人の二種族は他種族に比べ実力に開きがある。

 当たり前であるが、人間や鬼族にも魔人や竜人に迫る実力者がいるにはいる。あくまで種族平均としての強さに差があるという話だ。

 魔人は魔力が高い種族から名づけされた種族で、誰しもが魔法を使うことができる。魔法を使うことのできる人間や獣人と比べても魔力量の差が圧倒的で、人間には使いこなすことができない魔法も多数使うことができるのだ。

 一例として、空を飛ぶ魔法があげられる。

 なので、彼が空から降ってきて軟着陸したことも、魔人であれば驚くことでもない。

 

 しかし、この人だけはいつも通りだった。

「空から客とは珍しい。喰うか?」

「この匂いは……カレー!? まさか、カレーなのか!」

「いかにも、カレーライス屋だ」

「いやあ、結界魔法を使ってまでカレーライス屋をやるとはすさまじい執念。是非ともいただきたい」

 チルルが配膳し、席に座った魔人の男へカレーライスを提供する。

「お、おおおお。これはまさしくカレーライス。ラーメンと共に僕が求めても、求めても、食べられなかったソウルフードではないか」

 

 純粋にカレーライスを楽しんでいるらしい魔人へ周囲の空気が緩む。

 しかし彼の次の言葉にレインハルトの持つ空気が変わる。

「リンゴとハチミツの隠し味。やはり、ボンカレーは誰が作ってもうまいのだ」

「君……まさか。いや、その前に、こいつはボンカレーではない。それにリンゴとハチミツはバーモントカレーだ」

「まさかの突っ込み! もしや、貴殿……」

「後にしよう。カレーライスが冷める」

 周囲の者には理解できない暗号めいた言葉を交わす二人。

 

 その後、魔人の男は黙々とカレーライスを食べ。米粒一つ残さず食べきった後、両手を合わせる。

「ごちそうさまでした。おいしかった! 店は店で別にあるのかい?」

「そうだとも。あっちだ」

「分かった。……ぐ。また後で」

 何かを察知したらしい男は、じゃ、と手を振り、空へと飛び去っていく。

 

 間もなく、彼を追いかけてきたのか、これまた魔人の少女が落下してきた。

 ウェーブのかかった薄紫の長い髪に、ローズそのものを首元につけている。マントに、襟のないドレスを着ていた。

 彼女もまたローズをあしらった服を身にまとっている。特に短いスカートのレースにデザインされたローズが細かく意匠が凝らされていた。

「リョウの気配があったのだけど……いないわね」

「先ほどの魔人か。飛び去って行ったぞ」

 レインハルトが答えるも、少女がふわりとした香りに目を細める。

「いい香り。リョウもここでお食事を」

「そうだ。喰うか?」

 もう一人の魔人もカレーライスを食べた後、リョウと同じように両手を合わせ目を閉じ、すぐに開く。

「ごちそうさま。とってもおいしかったですわ!」

「そいつはよかった。リョウだったか? 彼にもよろしく伝えてくれ」

「伝えますわ。私はウェルネーゼ。店主様は?」

「レインハルトだ。カレーライスを食べに来るならいつでも歓迎する」

 食べ終わった魔人の少女ヴェルネーゼは、空へと飛び去って行く。

 

 何が起きるのかと戦々恐々としてた両軍の兵士たちはホッと胸を撫でおろすのだった。

「ただカレーライスを食べに来ただけだったのかよ」

「レインハルトらしいじゃないか」

 ダインとガレスの突っ込みが虚しくこだまする。

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