16.閑話 帝国軍
Side 帝国
帝国軍、陣地広場にて。
整列した兵を見やるダインとガレス。
「中隊長。整列完了だ」
「副隊長。敵兵の数は聞いているか?」
状況を確認し合い、二人がくすりと笑い拳を打ち付け合う。
「やめだやめ。いつも通り、ガレスと呼んでいいか?」
「好きにしろ。中隊長」
「ほんとお堅いな」
「なら、ビルシュタイン伯爵とでも呼ぼうか」
それだけはやめろ、とダインがべしべしとガレスを叩く。
そこへ、弓を携えたセレナがやってきて二人へ報告を入れる。
「弓隊は配置完了よ。いつでもいけるわ」
「りょーかい。弓隊は任せたぞ」
「承知よ」
一礼し、踵を返すセレナ。
一方で、帝国と相対する連合国側でも準備が着々と進んでいた。
連合国は鬼族とドワーフで構成され、鬼族とドワーフの国だから連合国と言う名前になっている。
彼らも帝国側と同じように整列し、開始の時を待っている状況だった。
再び帝国側へ視点は戻る。
両手を頭の後ろへやったダインがぼやく。
「しかし、レインハルトじゃないが、昨日は同じカレーライスを食べてたってのに今日は殺し合いか……」
「戦争だからな。気が進む者なんて誰もいない」
当然だ、とガレスが返す。
「帝都へ働き掛けてはいるんだが、一介の伯爵じゃ、どうにもならん」
「お前がどれだけ動いているかは知っているさ。感謝こそすれ恨む者など、俺たちの隊にはいない」
そう言って彼と肩を組むガレスであった。
「全く……」
「お前はいつものようにお調子者でいればいい。締めるのは俺の役目だろ」
ガレスがポンとダインの背中を叩き、立ち上がる。
ブオオオオオオ。
その時、ラッパが吹き鳴らされ、それに呼応するように連合国側からドラが鳴り響く音がダインたちの耳にも届く。
整列する兵たちの前に立ち、ダインが声を張り上げる。
「敵は一騎当千の鬼族だ。かならず複数であたれ」
続いてガレス。
「弓の援護をもらって、二人がかりでようやく五分だ。皆の実力が低いわけじゃない。鬼族が相手だからこそだ。卑下するな」
そして兵士たちが合唱する。
「俺たちは強い」
「そうだ。俺たちは強い!」
ワアアアアアと怒声をあげ、進軍が開始された。
帝国軍と連合国軍の距離がじわじわと縮まってくる。
丁度両軍の中間あたりの草原が空間ごと歪む。
「な、なんだ……あれは」
「空気が歪んだぞ……」
帝国側の兵が荒唐無稽な出来事に足を止める。
もう一方の連合国の兵士も不可解な出来事に対し警戒し、進軍を停止させた。
両軍が注目する中、空間の歪みが元に戻り、一人の男が姿を現した。
いや、一人ではない、二人だ。男に隠れるようにしてネズミ耳の少女がびくびくと震えている。
そう、姿を現した男はエルフだった。
降臨。
レインハルトの降臨である。
「ダイン。届けに来たぞ」
開口一番、レインハルトはさも当然のごとく、帝国側へ体を向け散歩にでも行くような声色で呼びかけた。
これほどうるさい鉄火場の兵へ何故かレインハルトの声が届く。
「喰うのか、喰わないのか。どっちだ」
レインハルトは続ける。いつもと変わらぬ様子で。
まるで乱れていない。店で会うときのレインハルトと変わらぬ声色、そして、自然体である。
呆気に取られていた両軍が、我に返り再び進軍を始めた。
そう、ここは戦場。レインハルトの言葉に耳を傾けるような場ではないのだ。
「喰うのか。喰わないのか。どっちだ」
「せっかく届けてくれたんだ。食べるさ」
再度の呼びかけにダインが小さな声で呟く。その声は戦場の喧騒にかき消され、隣の兵にさえ届いていない。
彼とて元より声が届くと思って喋ってなどいない。しかし、規格外のレインハルトが彼の声に応じたのだ。
「そうか。食べるなら来るがいい。道は開ける。心配するな、立って食べさせようなどしないさ。チルル。看板を持て」
「はいい」
魔法陣が草原に浮かび上がり、光が天に伸びていく。
すると、レインハルトと近い場所にいた兵たちの武器が地に落ちる。彼らの意思など知らぬとばかりに、兵たちは自然と武器を手放していたのだった。
剣が、斧が、弓が、獣人でも、鬼族でも、人間でも、全てが。
「結界かよ」
「そのようだな」
いつのまにか隣に来ていたガレスがダインに対し苦笑する。
こうなっては、行くしかない。
二人はレインハルトの元へゆっくりと歩いて行く。彼らの後ろからセレナも駆けてきた。
「正気かよ。店主」
「当たり前だ。ガレスも食べるか」
「……食べるさ」
「セレナも食べるのだな」
「……うん」
レインハルトがガレスらに注文を取りつつも、テーブルセット、カウンターが忽然と姿を現し、彼らに着席するように促す。
続いて、ネズミ耳少女チルルがセレナにマンゴーラッシーを飲むか聞いていた。
野原はあっという間にレインハルトのカレーライス屋のように変貌していいる。
彼の店との違いは壁と天井がないこと。
普段は屋内のレストランで、今は青空レストランに変わっているに過ぎない。
チルルがガレスらに配膳を済ませる頃、鬼族の常連もやって来る。
「今日は戦い中断だな」
「ギルとミヅチか。喰うのか」
「おう。食べる」
「あたしも食べるよ」
同じようにチルルが飲み物の注文がないか鬼族の二人へ問いかけた。
「黒ビールはあるかい?」
「はい。一杯だけですよ」
「ほんと変わらないな」
ギルの大笑いが空へ吸い込まれていく。
言葉通りの戦場カレーがここに成ったのであった。




