13.ダルカレー
「ふ、ふふ。見ていろ……」
昏い笑い声をあげ、寸動の蓋を閉じる。
時刻はまだ宵よりかなり前。昨日は開店直前まで研究を続けていたことを鑑みると、今日の結果は上々だな。
「レインハルト様。先にお風呂を頂きました」
湯で上気した顔で、髪にタオルを巻いたチルルがペコリと頭を下げた。
「風呂の調子はどうだ?」
「全く問題なしです。湯あみがこれほど気持ちのよいものだとは、ありがとうございます」
「英気を養うには風呂が良い。すまんな。研究に夢中で」
「あたちには思いもつかないものですます。あたちも入っていいとお聞きした時は天にも昇る気持ちでした!」
気に入ってくれたのなら何よりだ。
ダルカレーの研究を開始しようと、豆を集めて帰って来た時、ふと思い出した。
風呂を作っていなかったことに。
チルルに入浴の習慣があるか聞いてみたら、布で体を拭く程度とのことだった。
彼女には気に入れば使ってくれていいと伝えてから、魔法で風呂を作ったのだ。
砦跡にカレーライス屋を開店してからは、研究三昧で汚れを落とすのも魔法で行っていた。
だが、風呂に入り、リラックスしている中でふと良いアイデアを思いつくことが多々ある。
常に研究のことを考えているのは当たり前のことなのだが、リラックスタイムを挟むことで進むこともあるのだから不思議なものだ。
「俺も風呂へ行くとしよう」
「行ってらっしゃいませ」
チルルに見送られ風呂へ向かう。
◇◇◇
《本日の日替わりはダルカレー》
立て看板にネズミの絵と共に描かれたメニューが店先に置かれると、さっそく帝国側獣人兵士が来店する。
「いらっしゃいませー」
どうやら本日の一番客は豆に不満を述べていた犬頭と相棒の猫頭のようだな。
「ダルカレーというのは?」
「豆を使ったカレーです! ぜひ、おためしください」
どうする、と二人が顔を見合わせるが、日替わりのダルカレーを頼むことになった。
いざ、配膳されたダルカレー。
ふわりとくる香りに二人の顔が緩む。
「こ、これは……うまい。本気でうまい。店主には申し訳ないが、いつものカレーより」
「おお。豆がこれほど極上のものに仕上がるとは、恐るべし店主」
うむうむ。そうだろう。
至高のカレーより、という言葉を気にしてかチルルが心配そうにこちらを見やる。
心配するな、何のための十人十色なのかちゃんと理解しているぞ。
俺にとっての至高は、犬頭にとっては至高ではない。彼にとってはダルカレーが至高なのだ。逆もまた然り。
「これぞまさに十人十色だな。俺にとっての至高は彼にとっては異なる。もちろんチルルにとってもな」
「そうですね!」
チルルが花が咲いたような笑顔で大きく頷きを返す。
おもしろい。とても興味深い。
十人十色の精神は。十人いれば十人の至高がある。
つまり、『永遠と至高の味を追求することができる』のだ。俺にとって一番の不幸は達成してしまうこと。
長い時を生きるエルフにとってこれほど辛いことはない。
抜け殻の人生を歩むと思っていた矢先、チルルに会い、人に食べてもらうことは自分で食べることと同じかそれ以上に楽しいと気がつかされ、十人十色を知った。
これぞまさしく至高の味研究の永久機関である。
どうやら彼以外の獣人も豆に思い入れのあるものがいたようで、中には涙を流す者までいた。
お次は帝国側人間兵士の時間がやって来る。
「兵士になるまではよく食べた。懐かしい味だ」
「おお。そうなのか。こいつはうめえ」
「辛さが苦手でも食べやすいわね」
と三者三様(ガレス、ダイン、セレナ)の反応。
残ったリズはどんな豆を使っているのか、じーっとカレールーを見つめている。研究熱心でよいことだ。
忘れられがちであるが、神父もいる。彼はいつも穏やかな顔でちびちび飲みながら、カレーライスを口に運んでいる。
彼は毎日来るわけではないが、これまでずっとアルコール+至高のカレーのセットだった。
今日はたまたまチルルが他で手を取られていたため、俺が彼の空いたグラスへ水を注ぐ。
その時、ぼそりと神父が俺に向け、要望を口にしたのだ。
「ドワープに酒のことを聞いてみたいですな」
彼の言葉に対し、隣のテーブルでカレーライスを食べていたダインが血相を変える。
「さすがにまずいって!」
「何か問題があるのか? 神父にとっては酒が至高なのだろう?」
俺が問うも、どう説明したものかと戸惑う三人。
別に説明し辛いのなら、説明する必要はないのだぞ。カレーに関することなら洗いざらい喋ってもらいたいがね。
すると、リズがひょこっと前に出てきて口に人差し指を当てる。
「一応、戦争中なのでドワーフとは仲良く酒を酌み交わすわけにはいかないであります」
「そんなものか。至高のカレーライスは誰が食べてもうまいはずだ」
「みんな、おいしいと言ってくれても、みんな仲良くは難しいであります」
「そういうものか」
イマイチ理解できん。
「リズは鬼族とドワーフの客が引けるまでそこにいたじゃないか」
「それはレインハルトさんとチルルさんがいるからであります」
よくわからん。
お、そうか。
ポンと手を叩き、素晴らしい案を口にする。
「なら、神父を俺が送って行けばいいだけだろう?」
問題は二つある。
一つは俺とチルルがいればドワーフと神父が語らっていても問題ない、から気にするまでもない。
もう一つは、神父の足ではリズたちが帰宅するより時間がかかるのだろう?
なら、俺が送ればドワーフと語らっていても問題あるまい。
ついでに、カレーライスに合う新たな酒類のことへ話を振ってみるか。
研究のためにもなる、神父も満たされる、ドワーフたちも新たな酒が提供されれば嬉しい。
まさに三方良しとはこのこと。
「でしたら、自分もご一緒したいであります!」
「構わんぞ。リズも送ればよいだけだ」
「ありがとうございます!」
「ドワーフと語らうのが楽しみですのお」
ホクホクのリズと神父だったが、ダインたちの顔は微妙なままだった。




