罠に落ちた 猿と麒麟 蒲生氏郷 第七章
第七章:北国の番人(黄金の楔)
会津、黒川城。
「……寒いのう。鈴鹿の雪を思い出すわ」
氏郷は、三成が姑息な嫌がらせのように用意した粗末な防寒着を羽織り、わざとらしく身を震わせてみせた。周囲には、秀吉が放った監視役たちが、一言一句漏らさじと耳をそばだてている。
だが、その芝居がかった振る舞いの裏側で、彼の瞳の奥は、かつて日野の極寒の中で鍛え上げた「凪」そのものであった。
前夜、秀吉から受けた極秘の内命。
「氏郷よ、三成には内緒だ。お前を会津へ送るのは、家康の背中に食らいつく『狼』であってほしいからだ。九十二万石、すべて自由に使え。その代わり……家康を江戸から一歩も出すな」
氏郷は、表向きは左遷による不遇を嘆き、三成に対しては「さすがは石田殿、事務処理が実に正確だ」と殊更に持ち上げて見せた。執拗な算盤の音に辟易した振りをし、敵を徹底的に油断させたのである。
しかし、その水面下で、氏郷は近江から呼び寄せた精鋭の技術者集団に密命を下していた。
「城下に七日町を、そして若松の町割りを早急に成せ。これは単なる城下町ではない。徳川、あるいは伊達が逆上せ上がった際、一瞬にして『巨大な補給基地』へと変貌する兵站都市を設計せよ」
実質百万石。
それは単なる「石高」という数字の遊びではない。物流の結節点、情報の集積地としての圧倒的な力量。氏郷は、かつて自分を苦しめた北国の「雪」さえも、家康を封じ込める最強の「武器」へと変え始めたのである。
会津の冷気は、今や麒麟が放つ「黄金の楔」となって、江戸の狸の喉元を静かに狙っていた。




