第十二話 断絶の記憶 〜奇病の過去〜
その翌日、意外にもあっけなく14人の少年は再会することになる。
地下1階にあたるレベル2の会議室に、10人の少年たちは集められた。
実験や検査のときくらいしか顔を見せることがない白衣の研究員たちもいる。
レベル2は研究員が常駐する場所で、館内の監視システム、会議室などもあり、居住空間として自分たちがいつもいるレベル3とは、また随分と雰囲気が異なっていた。
物珍し気に周りを見回す少年たちの中で、竹田が佐久間に耳打ちをする。
「ひょっとして、この前来たとこって、ここかよ?」
「いや、これって上だろ? 俺たちのいる場所の。だったら違えよ。あの球場みてえなとこから、エレベーター乗んねえで行ったのは間違えねえよ。」
圓崎ほかの少年たちも同じことを考えていたため、2人の話に聞き耳を立てていた。
すると見知らぬ3人の白衣の男たちと、見知った4人の少年たちが一緒に会議室に入ってきた。
最初に気付いたのは小前だった。
「オサムちゃん!エダもクニヨシも松野もいんじゃん?!」
この声に呼応して、7人の級友は彼らに駆け寄る。
セキュリティガードたちは部屋の壁際で、一瞬銃を動かす素振りを見せたが、予め命令を受けているのか、それ以上は特に動く気配はなかった。
少年たちはお互いの無事を確認して、久々の再会を喜びあった。
この喜びの中、圓崎が低い声でオサムに声をかけた。
「サクマからお前らに会ったって聞いてよ。心配してたんだ。特にお前が一番ヤバそうだなって思っててよ。」
オサムの華奢な体が、圓崎の抱擁でふっと持ち上がった。その光景に周りはクスクスと堪えながら笑った。
その一方で、珍しく圓崎の目には涙が少し滲んでいた。
「本当に、本当に、良かった……。」
こういうとき、真っ先に圓崎をからかいそうな大田も、その細い目に涙を浮かべていた。
釣られて竹田、柴崎、小前も笑顔のまま泣いていた。
溝端と香野は涙はグッと堪えるようにして立っていた。溝端は時折しゃくり上げそうな自分を誤魔化すように、何度も天井に顔を向けていた。香野も普段の無愛想な表情が、明らかに朗らかになっていた。
佐久間、吉村、鹿島は離れてこの様子を見ていたが、彼らも安堵の表情を無意識に見せていた。
そして佐久間は一段落したと思われるタイミングで、いつもの調子を振るって、飛び跳ねながら、11人の少年たちのところにやって来た。
「マツノ、今日は元気そうだな?」
「ああ、サクマか? あん時はちっとフラついてたかんな。」
この会話を聞いて改めて圓崎が松野たちに尋ねる。
「ああ、そうだ。マツノ、クニヨシもエダくんも、お前ら洗脳とかされてねえよな? って本人に訊くのも変だけどよ。」
「いや、多分大丈夫だと思うけど。あそこにいる先生たちは、3人とも良い人だよ。」
松野は圓崎のことを察して、彼らが敵ではないということを伝えようとしていた。
「そうなのか?」
圓崎が聞き返す。
「良い人っていうか、ちょっと変わってるかも。」
こう答えたのは安川だ。
「変わってるって、どんな風に?」
圓崎は相変わらず彼らへの危惧から真剣な表情である。
「いや、変わってるっていうか、まあ面白えって言えば面白えけどよお、なんつーか、話長えんだよ、あのおっさんたち。」
安川とのあまりの温度差に、圓崎も真剣モードが一気に崩れた。
「何だよクニヨシ、話長えってよ〜!」
こう言いながら、安川の頭を圓崎が掻きむしって、ヘッドロックを始める。
「痛えよ、エンちゃん、やめろよ。やめてくれ、やめて、く、だ、さ、い、エンちゃ〜ん。」
安川が本気で嫌がってる様子にみんなが声をあげて笑った。高山、松野、添田も日常が戻ったように後ろで笑っていた。
ここがどこかを忘れたかのように……。
少年たちは気づかなかったが、いつの間にか黒崎が来ていた。そしてもう一人、黒崎と話している研究員風の白衣の男が増えていた。
白髪の男──迦陵頻伽も、セキュリティガードの中に混じっている。
そして、白鳥所長がゆっくりと入ってきた。
「おお、すまん、すまん。もう全員揃ってるようで、お待たせしたかの?」
「いえいえ、私も今到着したところです。仰るとおり、これで全員揃いました。」
黒崎はこう答えながら、ビンガに視線を向ける。これに応えるように、セキュリティガードが扉を閉めた。
「空いてる所に好きなように座りたまえ。」
黒崎のセリフに、戸惑いながらも端の方に香澄たち3人が座った。ほかの3人の研究員リーダーも同様に腰掛ける。黒崎と一緒に後から来た男だけは、黒崎の近くの席に座った。
少年たちは各々、近場の席についた。
「ええ、皆さんとは初めてお会いすることになるね。私はこのエリシオン・ラボの所長で白鳥と言います。こんにちは。」
白鳥が、にこやかに少年たちに向けて頭を下げる。
「こんにちは!!!!!!!!!!!!!!」
一斉に中学生が元気よく挨拶する。
「おお、元気が良いね。本当に良いことだ。」
白鳥は嬉しそうである。
対して黒崎は内心驚いていた。彼は優秀な職員で、人前での公演のような場にも慣れているつもりであったが、これだけ子どもが集まる場所には縁がなかった。このため子どもの挨拶には不意を突かれた感じであった。
彼らは運動部所属の者が多いというのもあるが、例え帰宅部であっても、こういう「挨拶」というものはきちんとするものである。見知らぬ大人に対しても、それが自分たちの知る仲間の親だと誰かが耳打ちすれば、一斉に挨拶をする。それが当たり前の文化が根付いているのだ。
実は黒崎だけではなかった。香澄たちも、いや白鳥所長以外の大人たちが皆、内心驚いていた。
「さて、今日は皆さんの顔を拝見して、私から挨拶させていただきたかった、というのもありますが、皆さんの治療にあたってるスタッフたちの顔合わせと紹介をしておきたくてね……。」
圓崎、大田が「治療」という言葉に反応する。
「……お互いが顔を合わせる機会も少ないと聞いたからね。
忙しいのは承知の上で、皆さんにお願いして、感染症の治療スケジュールを調整して集まっていただきました。」
黒崎は、顔には出さぬように堪えているが、心の中では舌打ちをしていた。
一方の少年たちは、この言葉に戸惑いを感じていた。やはり感染症自体は本当なのだろうか?
このおじいさんが嘘をついているとは誰も思えなかった。
「そして、私の隣に座っている彼が黒崎副所長。黒崎くん、一言挨拶してあげたまえ。」
黒崎が立ち上がり、所長の調子、この流れに合わせた挨拶を始める。
「こんにちは。」
「こんにちは!!!!!!!!!!!!!!」
まさか、自分にも挨拶が返って来るとは思わなかった黒崎が、珍しく狼狽えた顔を見せた。
白鳥を除く大人たちにも、この珍しい光景は皆可笑しかったらしく、笑いを必死に堪えていた。
壁際で待機する普段無表情のビンガさえも、このときは笑いを浮かべていた。
若干の生徒は、黒崎への当てつけのごとく、わざと大声で挨拶したようにも聞こえる。
「ん、ん、ん、失礼。ご紹介に預かりました、副所長の黒崎です。よろしくお願いします。」
黒崎は、緊張でもしてるかのように胸を軽く抑えて、この会議の進行を任せるGクラスのチームリーダーの上野という男性──黒崎と一緒に後から来た男を紹介して、自分は咳き込みながら椅子に座った。
その後はその上野という研究員が、各グループのチームリーダーを紹介した。Aクラスのチームリーダーが安藤、同じくCクラスが岡本、Dクラスが原、というらしい。
そしてFクラスの香澄が紹介された。同席者の山本と藤原については、香澄の口から紹介された。
この間、黒崎の様子に異変が始まっていた。
初めは、口を抑えるような動作を、頻繁にし始めたことに、少年たち数名とビンガが気づいた。
「子どもたちの挨拶」に、それほど驚いたのだろうか? その程度にしか皆思っていなかった。
隣に座っていた白鳥は、たまに「大丈夫かね」と声をかけていたが、黒崎は口を抑えていた右手を軽く翳して「大丈夫」の意味で頷いていた。
だが、そのうち明らかに血の気が引いて、徐々に顔が蒼白になってきていた。
そして、山本が挨拶し、藤原を香澄が紹介しているところで、黒崎が突然呻き声を出してその場に倒れてしまった。
ビンガの適確な指示のもと、セキュリティガード、医療スタッフが迅速に動き、黒崎はタンカに乗せられ運ばれて行った。
このとき、黒崎の掠れた声による妙な譫言を、圓崎たちが聞いていた。
「……スペア……オレの……スペア……。」
「スペア?何のスペアだ?」
圓崎が眉間に皺寄せしながら呟いた。大田と柴崎も顔を見合わせる。
一体何だったのだろうか?
少年たちは、呆然と事の成り行きを見守っているしかなかった。
あの鉄面皮に一体何が起こったというのか?
白鳥は「う〜ん」と唸りながら、何か思案している。
そして「まあ、話しても支障はないだろう。」とまるで自分に言い聞かせるように言いながら、黒崎について語り出した。
「ここは文部省( 現: 文部科学省のこと)の施設でね、理研(理化学研究所)の一部って位置づけなんだが……、
彼──黒崎くんは、法務省所属なんで、結構珍しいんだ……。
かく言う私も大蔵省( 現: 財務省のこと)からの出向だから、私も黒崎くんもここでは異色の人事になるんだね……。」
正直、中学生たちには、このおじいさんが何を話し始めているか、全く意図を汲むことができなかった。佐久間もじれったそうに、我慢して聞いている。
だが、この人の言葉は、施設内に漂う不穏な空気をも浄化するような、こことは違う「外の世界」の陽だまりのような、温かみがあった。
白鳥は、孫に昔話を語るような穏やかな調子のまま、黒崎の過去を語り始めた。
「黒崎くんは若い頃に、厚生省( 現: 厚生労働省のこと)にいてね。そこでの経験が長いと聞いている。
そうだねえ、ちょうど君たちが生まれたかどうかくらいの時期になると思うが、その当時、彼、山梨に出張に行ってるんだよ。」
吉村と鹿島が小声で話す。
「何だよ、昔話かよ?」
「そのうち桃でも流れてくんじゃね?」
小さく声を抑えて笑う2人を他所に、白鳥の話は相変わらず続く。
「その山梨の方で、昔から悩まされていた奇病──原因不明とされていた病気があってね。
痩せ細った貧しい百姓が太るのは、その奇病にかかったときだけだ、なんて大昔から言われていたんだよ。放っておくとお腹が膨れ上がってしまう、恐ろしい病気だ。」
白鳥は腹が膨れるジェスチャーをする。少年たちは、「はあ」と無機質に相槌を打つ。
「長年かけて、ようやくその原因が分かって、川や田んぼに住む巻貝に寄生する虫が、どうもその原因だって判明したんだ。
そして、その巻貝の撲滅にあたり、水路とかをコンクリートにするという事業が進められていてね。その事業の視察で出張していた彼は、運悪くこの奇病にかかってしまったんだ。」
オサムが添田に耳打ちして確認する。
「寄生虫ってこと?」
「そうみたいだね。」
2人は真剣に話の続きに耳を傾ける。
「ちょうどドイツで、これを治すための薬が開発されていたものだから、半年くらいで治ったらしいんだが、それからずっと服薬を続けてるらしいんだ。
もう悪い病原虫は体内にはいないはずなんだが……。その薬の副作用が時折出るらしい。普段はあんなに平然としてるがね。」
みんな黙り込んでいる。とりあえず黒崎が、変な病気で薬飲んでて、具合が悪くなることが、顔に似合わずあるらしい、という感じで全員理解したようだ。
「前所長からの引き継ぎ書に、このことが書いてあってね。それで私も知ったんだ。
つらいんだろうね、本当は。副作用の症状は確か……、バーティゴとか言うんだったかな?」
少年たちは「バーティゴって、何?」と突っ込みたくなる衝動を抑えていたが、小前が思わず叫んだ。
「バーティゴって何すか?」
「ああ、うん? めまい、みたいな感じだよ。」
皆が同時に疑問に思ったことを憚らず小前が質問してくれたことに、心の中で皆一斉に叫んでいた。(マエコー、ナイス!)
このおじいさんは「お人好し」かもしれないが、つくづく変わった人、このエリシオンに不釣り合いの人、と改めて皆が思う瞬間であった。
「香澄くん、参考になったかの?」
「え?ええ、お気の毒です。」
香澄は返答に困りながら、適当に白鳥に合わせた。
「そうか! それなら良かった。」
白鳥は満足気に笑った。何が良かったのだろうか?
そしてその視線は、一瞬だけ会議室の壁際に──対応を終えて静かに佇むビンガ──に注がれた。
何か大きな決意の塊が、彼の中に居座っている。
それが何なのか、まだ誰も知る由はなかった。
(第十二話 終わり)




