噂の伝播
「由依の奴、内申点のために男性教師と寝てたんだよな……」
「由依がクスリやってるって話を聞いた時は、びっくりしたよね」
「闇バイトにも手を出してるらしいし、由依って本当にまずいんじゃないの?」
生徒たちは、こぞって捏造された噂を書き込んでいった。
「由依とかいう元女王、歓楽街で色んな男から金を貢がれていたらしくて、やっぱり素行の悪い子は道を踏み外すんだなぁって思った」
「歓楽街の非行少年たちに万引きを指示したって話、由依の話の中でも一番ライン越えだと思う」
「由依と寝た教師が三人も教権をはく奪されてるの、流石に笑えない」
一見、これらの投稿群は、根も葉もない噂話に過ぎないだろう。しかし潤也が言っていた通り、一人が宣えば大嘘でも大勢が発信すれば真実味を帯びる。
やがて、由依の話はSNSで波紋を呼んだ。彼女が急に有名人になったことに対し、宏太は驚きを隠せない。ある日、いつもの放課後の空き教室にて、彼は問う。
「潤也。SNSって、そこまで簡単にバズれるものなのか?」
確かに、事はあまりにも、彼らにとって有利に働きすぎている。それを不自然に思うことは、何ら不思議なことではない。そこで潤也は、SNSで由依の悪名が広まったメカニズムを解説する。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。クラスが一丸となって噂を流布すれば、そのどれかは人目につくという寸法だ。ましてや、あれだけ強烈な話なのに口裏が合っているんだ。話題性がないわけねぇ」
「なるほど……」
「それに、『由依』がトレンド入りした。トレンドを調べていけば、大して伸びていない投稿も優先的に表示されるようになる。SNSのおすすめ表示のアルゴリズムは、伸びだけでなくトピックの関連性にも重点を置いているからな」
相も変わらず、彼の作戦に抜かりはなかった。彼がスマートフォンを開けば、SNSでは由依を取り巻く暴徒たちが暴れている。彼らが由依の住所を特定したことにより、彼女の家が生ごみやミントで荒らされている写真も出回った。更にその最中で、由依は今在籍している学校の名前も特定されてしまった。このままいけば、もう復讐代行部が手を下すまでもないだろう。
宏太はSNSを開き、「市立北霞山高」で検索をかける。そこでヒットするアカウント群は、いずれも由依に対する罵詈雑言の数々を投稿している。
「学校側は、なんであの半グレを退学にしないの?」
「由依の奴、どう考えても犯罪者じゃん」
「由依が退学にされないの、もしかして校長と寝てるからじゃないかな」
――南岬原高の生徒たちが生んだ噂は、結果的に北霞山高の生徒たちにも噂話をさせた。
悪事千里を走る――ということわざがある。それは、悪い行いや噂が、瞬く間に周囲に広まっていくという戒めを籠めたものである。それを踏まえてもなお、宏太は腑に落ちていない様子だ。
「……何故、デマが正されることなく広がっているんだ?」
「はっ! ワイドショーや芸能ゴシップを見てみろよ! ただ疑惑があるだけで、人は吊るしあげられる! 多くの人間が追い求めているのは、真実じゃなくてセンセーションなんだよ!」
「そういうものなのかな……」
「そういうものさ! 特に日本はエンタメが飽和した国だ。だからどいつもこいつもドーパミンに麻痺している。そこで実在する人間を巡るスキャンダルを追い求めるようになるのは、至極当然のことだろ? 私刑こそ、至上のエンタメなんだから!」
「なるほどね……君はそう考えているわけだ。まぁ、盤面が君の想定通りに動いたということは、君の考えは間違っていないのかも知れないな」
いまだに思うところはあったものの、宏太は納得することにした。そのすぐ隣で、絵里は嬉々とした声色で言う。
「正義って気持ちいいね」
それに対し、宏太はこう切り返す。
「私刑は正義じゃない……まごうことなき悪だ」




